第4走者 河井美奈子さん

狩野貴志さん第3走者
足立区地域包括支援センター一ツ家
狩野貴志さん
第4走者
台東区あさくさ地域包括支援センター
河井美奈子さん

主任介護支援専門員として5年目。人と人との顔が見える関係による街づくりに取り組んでいます。

——仕事について教えてください。

地域包括支援センターは、高齢者の総合相談窓口で、65歳以上の高齢者はもちろん、65歳未満の障がいのある方や病気等で介護が必要になった方の相談を受けています。内容により、こちらだけで支援が十分できない場合は、必要な機関に繋いで継続した支援をしています。私自身は、ケアマネジャーの支援として「ケアマネジャーの集い」の定期開催、介護予防ケアマネジメント、家族介護者の会の運営などを主に行っています。自分自身ケアマネジャーとして要介護度の高い高齢者を担当していた経験から感じた課題や、地域のケアマネジャーの相談内容から課題を把握し、情報提供や情報交換の場として「ケアマネジャーの集い」を隔月で開催しています。ケアマネジャーの経験は様々で、経済困窮・認知症・看取りなど多様な問題に直面し奮闘しているケアマネジャーの課題は多岐に渡りますが、様々な関係機関の協力を得て行なっています。あさくさは、他地域よりも居宅介護支援事業所が多くケアマネジャーも多いことから、毎回30名を超える参加があります。

——この仕事についたきっかけは何ですか?

高校の授業でたまたま高齢者向けの施設にボランティアに行く機会がありまして、その時に、認知症のお年寄りの純粋さに感銘を受けました。その体験が終わった後も、2つ下の妹とボランティア活動に参加するのが楽しくて、特別養護老人ホーム、重度心身障害者施設、児童相談所の不登校児への支援活動(メンタルフレンド)などに関わるなかで、将来このような福祉の仕事に就けたらいいなと漠然と思っていました。ただ、視野を広げたいと考えて大学は法学部へ進学しました。どのボランティア活動も魅力的で進路を迷いましたが、やはり高校生の時の経験が印象的で、最終的には高齢者支援の仕事を選びました。大学卒業後、介護職員として特別養護老人ホームに就職をし、その後、在宅の介護支援専門員となりました。前任の主任介護支援専門員が急逝したことで、併設の居宅介護支援事業所から包括支援センターへ異動となりました。40代という若さで他界した彼の遺志を引き継がなければという気負いが、異動当時は強かったように思います。

——一度仕事から離れたことがあるようですね。

20代後半の時ですね。ちょうど女性だと結婚とか意識すると思うのですが、急に先が見えなくなってしまうことがありました。これは大きく環境を変えないとダメだなと思って、イギリスへ留学をすることにしました。最初の一か月は語学学校へ行き、そのあとは老人ホームに住み込みで働きました。この1年間の経験を経て、やはり高齢者支援の仕事に携わりたいという気持ちを再確認しました。

——この仕事のどんなところにやりがいを感じますか?

福祉の仕事を説明するのは大変むずかしく勘違いされがちですが、一方的に何かをして差し上げることではなく、その人自身が自分の力で課題に向き合い、解決してまた一歩進んでいこうとできるようにサポートする仕事です。一つとして同じことがなく、毎回、新鮮な気持ちで人と向き合えるのも魅力だと思います。とくに困難な課題がある相談援助ほど、自分たちの働きかけにより何らかの兆しや効果が見えてくると、やりがいを感じます。以前、生活保護を受けているお一人暮らしの男性の支援をした時、今までどういう風に生きてきて、どんなことを大事にしてきたか話を聞きました。当初は自暴自棄になっていたご本人が改めて人生を振り返るようになり、もう一度生きる気力を取り戻してくれることがありました。その方は、今でも介護保険サービスを利用して、在宅で元気に生活しています。多くの問題を抱えていたとしても、その人が気付いていない力があり、その力を引き出したり活かしたりできるのは、ソーシャルワーカーとしての仕事の醍醐味です。

高齢者とは何らかの支援が必要な人というよりも、人生を力強く生き抜いている人というイメージが私の中に大きくあります。小さい頃は母方の祖父と同居していましたが、祖父は若い頃、まだ6歳だった子供を男手ひとつで料理からアイロン・ミシン掛けまでできるように育てた人でしたので、自立した強い人という印象でした。この仕事は人が最期を迎える場面に向き合うことが多々ありますが、一方でそれはその人が生きてきた道に向き合うことでもあります。その人の生きてきた歴史から私自身が勉強をさせて頂き、時には自分自身の生き方に向き合うこともあります。

——苦労した経験などはありますか?

虐待のケース対応が年々増えており、日々対応に追われています。多くは故意に起きたことではなく、介護者が精神的な病気を抱えていたり、認知症への理解不足だったり、介護の重度化による疲弊などが原因として挙げられます。虐待の対応は関係機関とのより密な連携が求められ、緊張感の強い業務です。スタッフとの情報共有や意見交換に努め、自分自身が抱え込まないように気を付けています。また、虐待防止のための取組みとして、多くの世代に認知症への理解を深め、家族介護者が疲弊しないためのサロンや家族会の運営など、環境づくりの課題を感じています。

——普段の河井さんはどんな方ですか?

IMG_3106s幼少期からスイミングスクールに通っていて、高校、大学と水泳部に所属していました。現在は、冠光寺流柔術とその合気を空手に取り入れ応用した氣空術という二つの武道をしていて、休日は道着に着替えて稽古をしています。普段の自分は喜怒哀楽が激しく、その気持ちをなかなか切り替えることが難しいと感じていたところ、武道をしている夫から誕生日にサプライズで道着をプレゼントされました。プレゼントされたら、はじめざるをえないですよね(笑)。でも、いざ始めてみると、どんな状況であれ、相手や自分自身を受け入れること、無理に相手を動かそうとせず自然な気持ちや動きを大事にするという合気(愛魂)を学び、相談援助の仕事でも活かされています。嫌いや苦手、怒りという負の気持ちを持っている自分自身を意識し、それを受け入れることを心がけています。

——本記事を見る地域福祉の担い手の方へのメッセージをお願いします。

自身の業務の先には、地域福祉という共通の課題があるということを一緒に共有できたらと思います。とはいえ、私自身が福祉に携わる者でありながら、進学や就職などで自分の生まれた家を出てから、現在の自分の住む地域に無関心だったと気づかされました。福祉の担い手となる方はどの地域にもたくさんいますので、皆さんが同じような意識や気持ちがあったら「街づくり」という共通の目標に向け、一緒に色々なことができる可能性があると思います。

——この仕事を目指している方へのメッセージをお願いします。

地域で働いていると、多くの関係機関と連携することがあります。個々のケース支援も地域の課題もソーシャルワーカー1人の力では限られていますが、このネットワークをうまく活用し一緒に協同していくことで、解決へと結び付けていくことができます。人と人とを結び付けていくという街づくりは、この地域で暮らしたいという他者の思いを実現するだけでなく、同じように地域で暮らしている自分自身の幅も広げ豊かにしてくれると思います。

職場の方から見た河井さん

小室係長小室係長

普段は穏やかですが、芯は強く困難な状況においても粘り強く努力を続けます。また、チーム全体のことにもよく気が付き、私もよく助けられています。忙しい日々の中、私的な勉強会に参加するなど自己啓発にも取り組んでいるようです。一方で、武道の有段者だったり、旅行を楽しんだりと、オンとオフの切り替えもスマートで素敵ですね。

 

職場の様子

田代さん
特養配属時の1年ちょっと、一緒に仕事をしていました。その当時から、他の職員が気づいていないような細かいところもよく気づいてくれていて、今でも助かっています。
鈴木さん
担当エリアは別ですが、先のことを考えてみんなを引っ張ってくださる先輩です。主任ですが、こちらの意見もよく聞いてくださいますし、何か抱えているときも河井さんから声をかけてくれて助かっています。
加藤さん
時間を取って親身に相談に乗って下さいますし、河井さんは、包括以外の経験も長いので、頼りになる先輩です。ケースに対しての意見も積極的に出してくださいます。

インタビューを終えて

素敵な笑顔で人当たりの良さを感じる一方、「ケアマネジャーの集い」を開催するなど、地域をより良いものにしたいという熱い思いが伝わってきました。地域包括支援センター以外の経験も豊富で、同僚の方にも頼りにされているのがよくわかりました。

河井さんの職場はこちら

台東区あさくさ地域包括支援センター

地域包括支援センターは、高齢者にとって地域の身近な相談窓口です。住み慣れた地域で高齢者の方がいきいきと安心した生活を続けられるよう、地域の保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援する機関です。職員は、チームで地域の様々な関係機関と連携を図りながら、地域ぐるみの介護予防の中核的推進機関として活動しています。

(公開:2015年12月10日)


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