VOL.14

地域のお元気さん

お元気なシニアをクローズアップ!健康の秘訣や趣味などをご紹介します。


満100歳を迎えられたお元気な方4名を取材しました!

古澤 英雄(ふるさわ ひでお)さん

(満100歳 世田谷区在住)

〈プロフィール〉

古澤 英雄さん古澤 英雄さん

石川県金沢市出身。高等商業学校卒業後、昭和23年に単身で上京してきた。

昭和25年に大田区、世田谷区には昭和38年から住んでいる。サラリーマンとして働いた後、油圧機械を外国へ輸出する会社を4人で起業した。

79歳の時にその会社を閉鎖。その後は妻と悠々自適な生活を過ごしている。

──趣味や日課について教えてください。

趣味は旅行である。北海道は稚内から、南は石垣島まで妻と旅行した。昔から妻と2人でよく出歩いた。何年か前は佐渡島に行った。今は家族に迷惑がかかるので、旅行には行っていない。

 新聞、テレビを見て過ごす。雨が降らなければ、1日5回以上、自宅の庭に出て自分の足で歩いている。

──元気の秘訣があれば教えてください。

長生きの秘訣についてはこれというものはない。内臓が丈夫だったことはあると思う。何事も慎重に行動するように心がけた点もあると思う。

死ぬまで元気でいられたらよいと妻と話している。

──お好きな食べ物はありますか。

肉、魚、野菜ともに大好きである。固い食材でも小さいものなら食べられる。

──長生きしてよかったと思うのはどんな時ですか。

皆が支えてくれているおかげで、年齢の差を考えなくてもよいことがありがたい。支え合うことの大切さを感じている。

楽しいことが多かった。不幸を味わったことはない。


一宮 鈴子(いちのみや すずこ)さん

(満100歳 府中市在住)

〈プロフィール〉

一宮 鈴子さん一宮 鈴子さん

東京生れ。9人兄弟の末っ子として生まれる。誕生直後に子供のいない伯父夫婦の養女となり、銀行勤務の父の勤務先であったニューヨークへ渡る。4年後に一家で帰国し、以来東京在住。

昭和10年、女子学習院を卒業、昭和14年に一宮本家の跡取り娘として婿養子を迎える。

──趣味や日課について教えてください。

40年以上続けている社交ダンスを今でも続け、毎週1回ダンス教室に通っている。その他麻雀を楽しみ、映画、演劇鑑賞などの趣味もある。相撲が始まると欠かさずテレビで観戦する。

週に3~4回程度、30~40分散歩している。眼鏡なし、補聴器なし、杖なしで過ごしている。

──元気の秘訣があれば教えてください。

ダンスなど好きなことをすること。先々の予定を入れること。プラス思考でいること。

──お好きな食べ物はありますか。

最近嫌いだった野菜類も食べられるようになったが、一番の好物は脂たっぷりの牛肉である。

──長生きしてよかったと思うのはどんな時ですか。

家族を含め周りの皆が大切にしてくれたこと。


飯田 八重子(いいだ やえこ)さん

(満100歳 世田谷区在住)

〈プロフィール〉

飯田 八重子さん飯田 八重子さん

神奈川県横浜市生まれ。関東大震災の影響で、伊豆に転居、高等小学校に通学した。その後、女学校(横浜市)に進学した。卒業後はタイピストとして会社で勤務した経験がある。

昭和31年ころから、世田谷区等々力に在住。50歳過ぎで運転免許証を取得した。58歳の時から水墨画を始め、今泉紅玉の名を使用している。

──趣味や日課について教えてください。

趣味は、水墨画を描くことである。1日3時間くらい、立ったまま描き続けることができる。過去に、色紙の大きさでエリザベス女王の似顔絵を水墨画で描き、賞をもらったことがある。また、第49回全日本水墨画秀作展で「リオ東京小池陣」の題名で参議院議長賞受賞を受賞した。

そのほかに80歳からイタリア語の勉強を始め、今も継続している。辞書を見るときは眼鏡を使用しない。

──お好きな食べ物はありますか。

肉でも魚でも何でも食べる。御餅、御干物、お茶漬け(梅干し)も大好物である。

──元気の秘訣があれば教えてください。

自分で動くことが健康にとって大切である。また、自分が100歳だとは思わないことである。

近所の郵便局に出かけるときは杖を使用するが、家の中では杖は使わない。ただし、杖は孫のプレゼントであり、当初は老人臭いので使わなかったが、今では必需品となっている。

──100年生きていて思い出に残っていることがあれば教えてください。

共立女学校1年生の冬、43年ぶりの大雪に遭遇し体調を崩したため、当時伊東在住の大伯母のお勧めで伊豆の多賀に1年間静養していた時のことが思い出である。

晴天の際、皆でバケツを持ち波止場に行くと鯵をバケツが満たされるほどいただいた。魚が嫌いだったが、夕方お魚屋さんが鯵やメジなどを売りに見えており、自然に魚が好きになった。

また、温泉に3回位行ったことも思い出である。

──今後挑戦してみたいことがあれば教えてください。

2020年の東京オリンピック・パラリンピックでイタリア語の勉強を活かして、通訳のボランティアに携わりたい。いつまでも元気で120歳まで生きることを目標にしている。


佐藤 茂子(さとう しげこ)さん

(満100歳 三鷹市在住)

〈プロフィール〉

佐藤 茂子さん佐藤 茂子さん

京城府(朝鮮)で生まれた。1歳10か月の時、朝鮮総督府に勤務の父が第一次世界大戦後のシベリア視察の帰途、当時、世界的に流行したスペイン風邪で亡くなったのち、東京都新宿区市谷薬王寺に移り、祖父のもとで育つ。

小学校3年生よりピアノを習う。高等女学校を卒業。ピアノを通じて知り合った夫と結婚し、一男、三女をもうけた。

──趣味や日課について教えてください。

趣味はピアノを弾くこと。午前と午後に1時間ずつ弾いている。声楽は、60歳から習い、コーラスも始める。J・S・バッハのマタイ・ヨハネ受難曲、ヘンデルのメサイヤ、ベートーベンの第九などの交響曲等をうたう。現在は、ピアノでJ・S・バッハやショパン、リストの楽曲などを弾く。

洋裁は自分のものはもちろん、3人の娘と長男の洋服は全部手作り。当時布地は一切なく、長男のものは、古い背広をほどき、娘のものは、私のお古を仕立て直していた。

──お好きな食べ物はありますか。

お肉が好きである。そのほか、シバエビ、ボタンエビ、オマールエビ、まぐろ、ひらめ、すずきなどの魚介類、ケーキ、チョコレートも好きである。

 

──100年生きていて思い出に残っていることがあれば教えてください。

一つは、新婚の時のこと。夫は軍部が嫌いで、徴兵検査の時は徹夜でたばこを吸い続けた結果、兵役は落ちたが、その代償として結婚1か月前に結核になり、サナトリウム生活を2年送ったため、結婚が延期になったこと。

もう一つは、長女がデュッセルドルフで3人目を出産したとき、三か月間、お手伝いに行き、同時期に末娘がパリに留学していたため、古城めぐりをするなど、方々を観光できたこと。

 


このページのTOPへ
このサイトについて個人情報保護方針お問い合わせ