まえ
身をもって経験したダブルケアという社会課題
団塊の世代(1947~1949年生まれ)がすべて75歳以上となる2025年、日本は、人口の約5人に1人が後期高齢者という超高齢の時代を迎えます。そのなかで、より割合が低下していく現役世代が直面する課題のひとつとして、ダブルケア問題があげられます。ダブルケアとは、狭義には育児と介護が同時に進行する状態のこと。現代社会において、晩婚化、出産年齢の高齢化によって育児と介護の時差が短縮していることや、きょうだい数の減少、共働き世帯が約7割を占めるようになったことなどにより、ダブルケアラーの増加と、そのケアラーにかかる負荷の上昇が指摘されています。
また、広義のダブルケアとは、「家族や親族等、親密な関係における複数のケア関係、またそれに関連した複合的な課題」(『子育てと介護のダブルケア 事例からひもとく連携・支援の実際』<中央法規出版、2023>)をとらえる概念です。高齢の配偶者と孫のダブルケア、二人以上の高齢者のケア、障害のある子を含むダブルケアなどもここに含まれ、多くの人が当事者となり得る身近な問題であることがわかります。
2019年に設立された「NPO法人こだまの集い」は、ダブルケア当事者の実態、ニーズを行政や支援機関に伝え、育児・介護・就労の両立が可能な環境を整備することを目指す団体です。設立の背景には、介護福祉士、看護師としてキャリアを重ねてきた代表理事・室津瞳さんの実体験があります。デイサービスでフルタイム勤務をしていた2017年、室津さんは、自身が「第二子の妊娠」、「第一子の育児」、「末期がんの診断を受けた父の在宅ターミナルケア」、「がんを患い入院した母(父のメイン介護者でもあった)のケア」を引き受ける事態に。専門職者として持ち合わせていた知識をもとにマネジメントを試みたものの、「やるべきことが多すぎて、まったく追いつかなかった。父親の口座を凍結させてしまうという経験もしました」と室津さん。仕事を継続する術がわからず役所に問い合わせるも、有益な情報は得られず、「私のようなプロでもつまずく。私自身が介護のプロからもっとサポートを受ければよかった」と渦中を振り返ります。
当時、介護人材向けのビジネススクールにも通っていた室津さんは、折しも世に出始めていた「ダブルケア」という言葉に自身の状況が符合することを知り、これを卒業論文のテーマに設定。リサーチを重ねるなかで、自分は必ずしもマイノリティとはいえず、普遍的な社会課題に直面していたことに気づいていきます。内閣府による「育児と介護のダブルケアの実態に関する調査」(2016年発表)では、ダブルケアラーは約25万人(女性約17万人、男性約8万人)とされていたものの、「ダブルケアの定義がとても狭く、実際はもっといるに違いないと。将来の人口推計を見て、自分の子どもたちが活躍する2040年代には、子育てをするほぼ全員が私のようになってしまうな、と思った」と室津さん。
ダブルケアラーのおかれている環境を、「ゴールのわからない大きな海で泳ぎきれといわれているようなもの」と痛感していた室津さんは、超高齢社会となる2025年を目前にしながら、同じ境遇にある人々に対してほぼ支援策のない、「寝ている日本」の現状に疑問を抱いたそう。そこには、介護の専門職者である自身が、目の前の高齢者の家族を「助けてくれる人」、いわば社会資源としてのみとらえ、支援されるべき存在であるという認識を持たずにきた反省もあったといいます。だからこそ、「当事者に対して、こうすれば生きていけるよ、と浮き輪を投げられる存在になりたい。それは子どもたちの将来のためにもすべきこと」と思い立ち、卒業論文の発表の場で、ダブルケア支援にアプローチしていく意志を表明。当事者が安心して声をあげやすく、かつ行政とも連携しやすい組織にすべく、NPO法人の形態で「こだまの集い」を立ち上げたのです。
以来、杉並区における当事者との語りの場づくり、ダブルケアに関する講演会や勉強会、大学との共同研究などさまざまなチャンネルをとおして、現役世代が望む形でダブルケアと仕事を行える環境づくりに向け、活動を続けています。
杉並区での「ダブルケアカフェ」。ダブルケア当事者である参加者と「こだまの集い」スタッフがお茶を飲みながら語り合う