東京まちかど通信
おもちゃを直す喜びと、人にお礼を言われる喜びの“二重の喜び”が味わえる
壊れたおもちゃを修理して新しい生命を吹き込むことを趣味とする「おもちゃドクター」。日本おもちゃ病院協会は、「おもちゃドクター」たちにより組織化されたボランティア団体です。「おもちゃドクター」は、おもちゃを修理する喜びと、その持ち主からお礼を言われる喜びという”二重の喜び”を味わっています。その活動内容や手応えなどについて、会長の三浦康夫さんや会員の方にお話をうかがいました。
いろいろな修理方法の情報を共有することにより、 会員の修理力のレベルを上げていくことが協会の主要な活動目的です。
日本おもちゃ病院協会会長の三浦康夫さんにインタビュー
――日本おもちゃ病院協会の概要や活動内容をお教えください。
日本おもちゃ病院協会とは、ボランティアでのおもちゃの修理を趣味とする「おもちゃドクター」で組織された任意団体です。会員の「おもちゃドクター」は現在約770名で、日本全国の約440か所、東京都内では75か所の「おもちゃ病院」で活動しています。なお、この人数はあくまでも会員として把握できている人ですので、会員とならずおもちゃ修理を趣味として単独で活動している人はもっとたくさん存在していると考えられます。
当協会はこれら会員にさまざまなサービスを提供しています。まず、協会のホームページの会員コーナーでいろいろな修理方法の情報を共有することにより、会員の修理力のレベルを上げていくことが挙げられます。また、年4回、技術情報やおもちゃ病院の状況などを伝える会報誌を作成して配布しています。さらに、おもちゃメーカーと交渉して部品を手に入れたり、特殊な工具を入手して必要な会員に提供するといったことも行います。そして、初心者のために「おもちゃドクター養成講座」を開催しています。また、講座は求めに応じて地方に出張して開催することもあります。
——日本おもちゃ病院協会が設立された経緯とは?
現在、当協会の名誉会長である松尾達也氏は、昔から趣味でおもちゃ修理を手がけておりました。1984年に「東京おもちゃ美術館(当時の名称は「おもちゃ美術館」)」が東京・中野で開館され、松尾氏はそこでおもちゃ病院を開催し、その運営にかかわるようになりました。後年、松尾氏は同美術館の館長から「おもちゃドクターの全国組織が必要なのでは?」と助言され、初代会長として協会の前身である「おもちゃ病院連絡協議会」を1996年に設立したと聞いています。当時はおもちゃの多様化・高度化が加速し、修理が困難なおもちゃが増えつつある時期にありました。そうした背景から、各地で活動する「おもちゃドクター」をつなぐ連絡網を整備し、情報交換や技術向上を促すことが求められていたのです。
そして2008年、「東京おもちゃ美術館」は新宿区の四谷第四小学校の跡地に移転し、当協会も「日本おもちゃ病院協会」と名を改めここに本部を置いています。
髪の毛が傷んでしまった人形のために、100円ショップでウィッグを購入して人形用のカツラを製作した、といったケースもあります。
――では「おもちゃドクター」はどういった活動をしているのでしょうか?
東京・四谷の東京おもちゃ美術館内おもちゃ病院では、毎月第1・第3土曜日の10時から14時半まで受け付けています※。壊れたおもちゃを持ち込まれた方に、まず”問診”をして壊れた時の様子とそのおもちゃをどうしてほしいかのニーズを伺います。「何とか元通りに直してほしい」という場合がほとんどです。問診結果と状態を見れば、だいたいどうすればいいかの見当がつくので、その修理方針を持ち主にご提案して了解を得ます。この時、万一修理ミスを起こして毀損してしまうことがあっても責任は問わないという承諾書をいただいています。人間の手術の場合と同じですね。そして修理に取り掛かるわけですが、時間内に修理できればそこでお返ししますし、時間がかかりそうな場合は”入院”していただく場合もあります。なお、修理費用は原則無料ですが、部品を交換した場合などは実費を負担していただきます。
※開催日時は各おもちゃ病院ごとに異なります。
――おもちゃといってもいろいろな種類がありますが、どんなものでも対応しているのでしょうか?また、手に負えないという場合もあるのでしょうか?
エアガンや電動ガンなどの危険なもの、浮き輪や浮き袋、プールなど人命にかかわるもの、感電の恐れがある交流100Vに直結するもの、法的に規制のあるもの、万一毀損しても原状回復できない骨董的・工芸的な価値のあるもの以外は、基本的にどんなおもちゃにも対応しています。めざまし時計なども持ち込まれれば対応する場合もあります。
また、ゴムやプラスチックが劣化してどうにもならないといった場合は、部分的にでも補修できないか検討します。例えば髪の毛が傷んでしまった人形のために、100円ショップでウィッグを購入して人形用のカツラを製作した、といったケースもあります。
無くなってしまった部品を製作することもあります。会計ボタンを押すと引出しが出てくるレジスタのおもちゃで、ボタンの下にあるはずのリンクが無くなっていた例では、各部品の動きを良く観察しこんなリンクがあったはずだと想像して部品を製作しました。もちろん、図面無しの現物合わせでの製作です。このリンクを取り付けて引出が出てきたときは思わず”やった!”と叫んでしまいました。
このように様々なアイディアと技術をもって修理に取り組みますが、それでもどうしようもない場合は、そのまま持ち主にお返しします。
こわれたおもちゃを持ち込まれる方は“お客さま”であると考えて接することが「おもちゃドクター」の心得です。
――「おもちゃドクター」の平均年齢は何歳ですか? また、「おもちゃドクター」になる人の特徴はありますか?
年齢は60歳代前半が中心です。現役最高齢は80代前半です。特徴としては、手先が器用な人が多いでしょうか。前職はバラバラですね。なお、「おもちゃの修理などやったことはないが、面白そうだからやってみたい」という人が多くいます。そういう初心者のために「おもちゃドクター養成講座」を開いています。
――「おもちゃドクター養成講座」の内容をお教えください。
「入門編」と「実習編」に分かれています。入門編は、「おもちゃドクター」の活動状況のレクチャーや「おもちゃドクター」の心得、おもちゃ修理に必要な基礎知識の習得およびおもちゃ修理の実習を行い、修理工具や測定用具の知識、電池・接着材・素材の知識、症例、主な故障原因に対する修理方法といったことを習います。
実習編は、入門編を終えた人向けに、ハンダづけ実習、回路テスターの使い方など、「おもちゃドクター」に必要な実践的な技術と情報を提供します。特に重要なハンダづけはじっくり練習しますが、ただ無意味にハンダづけをするのではなく、ラジコン電波検知器やスピーカーテスターといったおもちゃ修理に使う測定用具を実際にハンダづけをしながら製作してもらいます。
手に負えそうもない状態のおもちゃをどうすれば修理できるかを考え、チャレンジするところに面白さがあります。
――では、三浦さんが「おもちゃドクター」になった経緯についてお教えください。
1997年の頃ですが、たまたま中野の「東京おもちゃ美術館」に行った時に第2回目の「おもちゃドクター養成講座」の募集チラシを見かけたことが契機となりました。当時50代前半だった私は自動車メーカーでエンジニアをしており、仕事で計測器を直すといったことはしょっちゅうでした。おもちゃを修理したことはありませんでしたが、家でも電化製品を修理したりと機械いじりは得意だったので「おもちゃドクター」に引かれるものを感じて応募したのです。そしてハマってしまった、というわけです(笑)。
――おもちゃには、持ち主の大切な思い出が込められているように思います。それを修理し喜ばれることが、やはり一番のやりがいではないかと想像しますがいかがでしょうか?
そのとおりですね。そしてこれが肝心なところなのですが、手に負えそうもない状態のおもちゃをどうすれば修理できるかを考え、チャレンジするところに面白さがあるのです。自分で考え、また仲間の意見を参考にして工夫し、修理できると非常に喜びを感じます。そして、直ったおもちゃを持ち主にお返しする時に「ありがとう」と喜んでもらえると、さらに喜びを感じます。つまり、二重の喜びを感じられるんですね。こんな趣味はほかにないのではないでしょうか。だからみんなハマってしまうんですね(笑)。
――では、日本おもちゃ病院協会の今後の課題とはどういったことでしょうか?
まず第1に、「おもちゃドクター養成講座」の上級コースを実施することです。ある程度の経験を積んだ会員から、より実践的な技術習得を目指す講座を求める意見が多くみられるようになりました。こうした声に応えるため、今年度から「実践編」と題した中上級者向け講座を開催し、今後も継続していく予定です。
そして第2に、おもちゃの修理事例のデータベースを作成することです。現在はおもちゃ修理の記録を残してはいないのですが、周囲にベテランの先輩がいない地方の会員などから「修理記録を参考にしたい」といった声が上がっており、そうした方々の教本となる修理事例集を整備していくことも課題になっていますね。
――最後に、読者にメッセージをお願いします。
「おもちゃドクター」には、通常の模型づくりにパズル性が加わるというダブルの面白さが味わえます。設計図を見ながら単に組み立てていくというものではなく、図面などない中で、頭をフル回転させて困難な修理に取り組む面白さがあるのです。そして、無事に修理できると何ともいえない達成感を味わえます。その上で、お客さまから感謝されるのですから、こんなにいいことはありません。初心者の方でも「おもちゃドクター養成講座」を開催していますので、ぜひ参加してください。
続いて日本おもちゃ病院協会の会員の方々に、参加された経緯と活動の手応えについてうかがいました。
粂谷 誠(くめや・まこと)さん
以前は通信会社でエンジニアをしていました。50歳になった1997年の頃、会社の先輩から「60歳で定年になってからの生活は50歳の時から考え始めろ」と言われまして、自分でもそろそろと思い始めた矢先に新聞広告で『おもちゃドクター入門』という書物を知ったのです。その本は日本おもちゃ病院協会名誉会長の松尾達也さんが書かれたもので、面白そうだと思ってさっそく購入しました。そして、その本で「おもちゃドクター養成講座」を知り、受講した次第です。
子供の頃からラジオづくりなど手を動かすことが好きでした。よく家のモノを分解しては怒られていましたね(笑)。今でも家電などはみんな直してしまうので、新しいモノが買えないと妻には評判が悪いのですが(笑)。
おもちゃの修理は、仮説を立てて謎解きをするようなところがあり、それがピタリ当たると「やった!」と思えます(笑)。子供にも喜んでもらえ、元気がもらえます。楽しいですね。
日比野信一(ひびの・しんいち)さん
私は建設専門会社で技術職をしていました。2011年8月頃、「おもちゃドクター」を雑誌で知り、何となく引かれてホームページを検索したところ養成講座があることがわかったので、受けてみようと思ったのです。
まだ養成講座を受講して1年未満という新米なので、インターンとしてもっぱら簡単そうな修理を引き受けてやっています。また、先輩に教えてもらいつつ徐々に難しいものにもチャレンジしています。養成講座は基本的な知識を身につける上で欠かせませんが、実際のおもちゃ修理はやってみないとわかりません。新しいおもちゃも次々に持ち込まれるので勉強の連続ですし、やり方は一つではないところが面白さの基でしょうか。ちゃんと修理できた時は本当に達成感があるものですね。