第16走者 尾関久子さん

 

服部将志さん第15走者
三鷹市西部
地域包括支援センター
服部将志さん
尾関久子さん第16走者
杉並区
地域包括支援センター
ケア24高井戸
尾関久子さん

静岡県での障害者福祉の経験を経て、杉並区の地域包括支援センターに来て5年。
東京の高齢者福祉の難しさに向き合いながら、人と人をつなぐプロとして地域づくりに取り組んでいます。

——ふだんのお仕事について教えてください。

地域包括支援センター(以下、「センター」という。)の社会福祉士として勤務しています。杉並区の地域包括ケアの推進役である「地域包括ケア推進員」として、医療と介護の連携を推進する「在宅医療地域ケア会議」の補佐役、認知症を切り口に普及啓発と地域づくりを行う「認知症地域支援推進員」、そして生活支援体制整備事業の第2層コーディネーターを兼務しています。平成26年度に区のモデル事業でセンターに地域づくり担当を置くことになって以来ずっと、地域づくりを中心に担当してきました。介護予防のケアプラン作成は担当していませんが、それ以外の個別ケース対応や窓口業務は他の職員と一緒に行っています。

——現在のお仕事を始められたきっかけを教えてください。

最初は千葉県で幼稚園教諭をやっていました。その後、静岡県で障害者福祉の分野に関わったのが18年間と一番長くて、そこでセンターに関わることもありました。東京に来て仕事を探していたときに、たまたま当センターの募集があり、家が近所だったこともあって応募しました。平成25年の途中から現在の仕事をしています。

これまでのキャリアを振り返ってみると、静岡県で精神障害の方の支援に携わった経験が、現在の仕事にもつながっていると思います。精神障害は制度の枠に入ったのが遅かったので、当時は資源もない中で、その人が暮らしていくために何が必要かを考えて、協力者を見つけて、つながっていかなければいけない状況でした。それは近所の人、民生委員やお店の人かもしれないし、あとは不動産屋さんであったり。サービスがない分、本来のケアマネジメントを発揮して動くことができた気がします。

無認可の作業所から社会福祉法人を立ち上げるところにも関わったのですが、行政の書類の作り方とか、全然知らないから本当に大変で(笑)逆に分からないから、市役所の方には「しゃあないな」って色々協力して頂けましたし、県庁でも最初は「そんなに分かっていないのに社会福祉法人なんか作れるか」と言われたんですが、最後は本当に良くして頂けました。

——他地域・他分野から東京の高齢福祉に関わるようになって、違いを感じることはありますか?

サービスが整いすぎちゃっているな、とは感じます。高齢分野自体、民間企業も多く参入してサービスがありすぎるから、その人の暮らしではなく、サービスの型に当てはめていくような支援になってしまっている気がします。

それに、東京は煩わしい人付き合いをしたくない方が多く集まるところですよね。地方だと、町会にみんな入っているのが当たり前の地域もありますが、そういう関わりはしたくないから東京に引っ越してくる方もいます。そこが東京の難しいところだなと思います。

私の好きな言葉に、「弱さを絆に」というキャッチフレーズがあります。北海道の「べてるの家」という精神障害当事者の地域活動拠点の理念です。人間は弱さがないとつながれないです。弱い部分を助け合わないといけないから、お互い様って思えるんでしょうね。東京は、お金があれば、サービスで解決できちゃうから、つながりにくいのかなと思います。

一方で、昔からの長屋の様な近所づきあいをしている方もいたり、お節介も残っているし、このままではいけないと地域のつながりづくりを始めている方もいます。私自身も地域の皆さんに色々教えて頂きながら、つながりを作っているところです。

そう考えると、人間は一人では生きられず、今は関わりを拒んでいる方も、初めはつながりを求めていたのでは無いか?と思えてきます。地方であろうと東京であろうと、障害があろうと無かろうと、やはり人はつながりが必要で、それぞれの特性に応じてアプローチの仕方や手法は違いますが、関わる皆で一緒に考えて行く。それは、地域や分野に関わらずすべて同じだと感じています。

——この仕事のどのようなところにやりがいを感じますか?

私も地域包括ケア推進員をはじめ色んな役割を担っていますが、決してスーパーマンなわけではありません。逆に一人で全部こなせるスーパーマンだと、人とつながれないんじゃないでしょうか。私自身は何が長けているわけでもないし、何もできないなと思っているんですが、それを精神保健福祉士協会の初代会長が「できる人につなげればいいんだよ」って言ってくださったんです。その言葉が私のスタートです。人と人をつなぐことのプロである社会福祉士として、私自身はスーパーマンじゃなくても、すごい人とつながったり、つなげたりすることはできる。そうした裏方というか、黒子の役割が性に合っているんだと思います。

あとは、自分がこの地域の住民だというのも、やりがいを感じる大きな要因です。地域包括ケア推進員として「地域の問題を、他人事ではなく自分事として考えましょう」と住民の方に言っているのだから、私も自分事として捉えないといけないですよね。自分が住む町をより良くしていくことが、自分の将来にも関わってくるんだという気持ちで取り組んでいます。

——地域づくりをする上で、今後つながっていきたい人・分野はありますか?

今は教育分野とつながることを一生懸命やっています。

杉並区では平成29年度から全小学校で認知症サポーター養成講座を開催するようになりました。私もキャラバン・メイト(出前講座の講師役)のコーディネイトをしています。講座の中で、認知症の人がゴミ出しの日を間違えてしまって、近所の人に辛く当たられてしまうという教材ビデオがあるんですが、それを見た子どもたちは「あんなきつい言い方をしなくてもいいよね」って言えるんです。認知症を理解するという以前に、人を理解するということなんだと、小学生にもストレートに伝わるみたいです。その気づきはすごく大事だなと思います。

他にも、今は中学校単位で地域教育懇談会という取組があり、地域の子どもたちにどう育ってほしいか、先生も含めてワークショップをやったりしているんですね。センターの担当エリアもだいたい中学校区ですから、うまくリンクして地域づくりの視点を共有できたらいいなと思っています。障害者福祉の自立支援協議会でも、高齢者福祉の地域ケア会議でも、いつも同じ関係者ばかりでは問題の解決が進みません。現状では行政の縦割りによって、分野ごとの色んな協議会や会議が地域にありますが、本当は、地域の色んな人が集まって話し合う場があって、そこに障害者のことや高齢者のこと、子どものことなど、色々な課題をとりあえず持ち込めると良いんだろうなと思います。

——地域福祉の担い手の方やこの仕事を目指している方へのメッセージをお願いします。

楽しみましょう!一人で頑張っても上手くいかないこともありますから、仲間を作って、つながれる人からつながりを広げていきましょう。

特に若い人たちの中には「自分が完ぺきにやらないと」って思う方も多いですが、失敗してもいいんだよ、と伝えたいです。失敗をたくさんして、「ピンチはチャンス」ですから、失敗をきっかけに支えてくれる人とつながっていければ、楽しいんじゃないかなと思います。

職場の方から見た尾関さん

大川センター長大川センター長

人に偏見なく、どなたにも同じように接することができるのが強みだなと思います。フットワークも良くて、休日も使って地域のイベントや集まりに顔を出したり、どこにでも飛び込んでいけるアクティブさがあります。良くも悪くも地域づくりの業務は彼女に頼る部分が大きいので、今後はセンター全体で共有していく体制づくりをしていきたいと思っています。

阿部さん阿部さん

いつも明るくて前向きで、臆さない尾関さん。地域包括ケア推進員をずっと担当されていますが、とっても向いているなと思います。先日は尾関さんの企画で、福祉用具の事業者に集まって頂いて、地域に向けてできることを話し合う会を一緒にやりました。初めての試みでしたが、事業者もセンターも実りの多い会でした。そうした企画力・実行力があると思います。

インタビューを終えて

様々な地域・分野でのご経験を糧に、高齢者のみならず障害者や子どもなど、制度の枠を超えて地域づくりに取り組まれている様子はまさに「スーパーマン」のようでした。けれどもご自分の弱さや失敗を人とつながるチャンスと前向きにとらえていらっしゃるお話から、スーパーマンだけでない、親しみやすさや温かさを感じました。

尾関さんの職場はこちら

杉並区地域包括支援センター ケア24高井戸

高齢者の方が、身の回りのことで不自由を感じた時や、家族の介護のことで困った時に相談できる身近な窓口です。保健師や看護師、社会福祉士、主任ケアマネジャーなどが中心となって総合的な相談・支援を行います。また、高齢者を地域で支えるネットワークづくりを進めています。

(公開:2018年12月17日)


このページのTOPへ
このサイトについて個人情報保護方針お問い合わせ