東京まちかど通信
絵本の読み聞かせを通じて世代間交流を促進
杉並区の保育園や小学校で、シニアによる絵本の読み聞かせのボランティア活動を行っている「りぷりんと・すぎなみ」。地域の世代間交流を促進する場となることが期待されています。活動内容やその手応えなどについて、副代表の南秀郎さんや会員の方にお話をうかがいました。
復刻版」を意味する「りぷりんと」。「シニア世代もコミュニティ再生のための“復刻”を遂げてほしい」という願いも込めて命名されています。
りぷりんと・すぎなみ副代表の南秀郎さんにインタビュー
——「りぷりんと」とはどういった団体なのか、お教えください。
「りぷりんと」とは、60歳以上のシニアが、ボランティアとして保育園、幼稚園、小学校、中学校などで子供たちに絵本の読み聞かせを行うプログラムです。現在、東京都杉並区のほか、東京都中央区、神奈川県川崎市、滋賀県長浜市の計4箇所で任意ボランティア団体が設立され、東京都健康長寿医療センター研究所の「社会参加と地域保健研究チーム」とパートナーシップを組んで活動を展開しています。4地域合わせて約220人のボランティアが、64箇所の学校などを定期的に訪問しています。
発端は「社会参加と地域保健研究チーム」が、2004年度から、東京都や厚生労働省の助成を受けて、シニアと子供たちとの世代間交流が相互にどのような影響を与え合い、双方にどのような効果をもたらすのかを調査する研究を開始したことです。この研究は「世代間交流による高齢者の社会貢献に関する研究」(Research of productivity by intergenerational sympathy)と題され、頭文字を取って”REPRINTS”と命名されました。
“REPRINTS”は英語で「復刻版」を意味しますが、「一度は廃刊となった名作絵本が復刻するのと同じように、シニア世代が自らの人生に再びスポットを当てて、その役割を取り戻し、コミュニティ再生のための”復刻”を遂げてほしい」という願いも込めて命名されたようです。
そして、2007年度から公的な助成が切れることを機に、シニアボランティアによる自主運営に切り替わりました。
——「りぷりんと・すぎなみ」が活動を始めた経緯とは。
会社などを定年退職したシニアが、地域社会にどのように貢献できるかを皆で考えて実践していくためのNPO法人シニア総合研究協会が、2006年に杉並区荻窪地区で発足しました。その副理事長が、東京都健康長寿医療センター研究所で「りぷりんと」事業を推進する研究者と知り合いであったという関係で、同協会が杉並区で「りぷりんと」を実践していく母体となることになったのです。2006年から同協会の副理事長が「りぷりんと」を担当することになり、「りぷりんと・すぎなみ」を立ち上げて、私が副代表に就きました。
——絵本読み聞かせボランティア養成講座の内容とは。
12回に渡って、絵本を読み聞かせるために必要となる絵本の知識や、発声方法、絵本の持ち方などのほか、訪問先の小さな子供に風邪などうつさないために健康管理法まで学びます。2012年度は4期生が入会しています。
——活動内容について具体的にお教えください。
「りぷりんと・すぎなみ」には今、45人の会員がいます。そのメンバーが数人のチームを組んで荻窪地区中心に手分けして区内の保育園や幼稚園を回っています。保育園は3歳から5歳までで、始めた時に3歳だった子供とは3年間、顔を合わせることになります。1年もすると、「りぷりんとのおじちゃん」って顔をおぼえて声を掛けてくれるようになりますね。小学校は、朝の15分の読書の時間をあてがってもらっていますが、学校から日にちとクラスが指定されます。
また、杉並総合高等学校の1年生の「奉仕活動」という授業で、読み聞かせを選択した生徒の授業を支援するという活動もしています。
いろいろな世代と接することは、子供たちにとって意義のあることだと思います。
——読み聞かせる絵本は、誰がどのように決めているのでしょうか。
基本的には、会員が各自、自分の気に入ったものを選んで自費で購入しています。私の場合は、書店や図書館で一つひとつページをめくりながら「これは5歳くらいの子供にちょうどいいのでは」などと考えながら選んでいます。
読み聞かせで難しいのは、対象年齢別にどの絵本を選べばいいのかということと、一冊一冊、その作品で作者・画家・編集者は何を伝えたいと考えているのかを読み取って、その思いを聞き手にどのように伝えるかということです。そのため、会員には、一冊につき少なくとも3回の黙読、5回の朗読をしてから読み聞かせを行うことをルールにしています。
——読み聞かせをして、どんな手応えややりがいがありますか。
同じ絵本でも、読み聞かせる人が違えば子供たちの反応も違うところが面白いですね。ある人の読み聞かせには夢中で聞き入り、見入っても、別の人だときょとんとしていたり、聞いていなかったりということがあるのです。読むスピードや声の調子、態度などで変わるのだと思います。
終わった後にメンバーが集まって反省会を行うこともありますが、そんな時にお互いに情報交換やアドバイスをし合うようにしています。
——保育園や小学校からは、どういったことが期待されていると思いますか。
世代間交流ではないでしょうか。近頃では核家族化が進んで、高齢者と接する機会が少ないと思いますから。いろいろな世代と接することは、子供たちにとって意義のあることだと思います。
また、街中で知っている児童が1人でも増えることは、地域の目が増えるということで、防犯面でも子供たちにとっての安心感につながるのではないでしょうか。
人に会って刺激を受けたり、楽しく過ごすことで、心身の健康増進につながっていると感じています。
——南さん御自身が、このような地域活動を始められた経緯についてお教えください。
会社を定年退職した際に、オーバーホールのつもりで全身の検査をしたのです。そうしたら、食道にがんが見つかって、全摘手術を行いました。その後は療養生活に入りましたが、健康が回復するにつれ、家でブラブラしていても仕方ないと地域活動でも始めようと思ったのです。そして、図書館で区の体育指導員募集のチラシを見つけ、会社員時代に野球や山歩きをして多少は自信があったものですから、駄目元で応募したら採用されまして。それが”地域デビュー”のきっかけとなりました。
体育指導員として活動していると、次は「青少年育成委員をやってほしい」、その次は「区民センター運営協議会に入ってほしい」と地域参加の機会が増えていきました。そうした中で出合ったのが、シニア総合研究協会だったというわけです。
——「りぷりんと」をはじめとする地域活動を行って、御自身にどのような効用があると感じていますか。
家の中に閉じ籠っているのと、外に出て同世代の仲間とでも小さな子供たちとでも、いろいろな人に会って言葉一つ掛け合うだけで全然違うと思います。人の話を聞いて自分の頭で咀嚼し、自分の考えをまとめて相手に言うという行動は、何よりの認知症予防になるのではないでしょうか。また、人に会って刺激を受けたり、楽しく過ごすことで、心身の健康増進につながっていると感じています。
——最後に、読者にメッセージをお願いします。
若い頃にやりたくてもなかなかできなかったことはないでしょうか?
そういったことを1つでも2つでも、できれば外に出てやってみるといいのではないかと思います。多くの人と交わっておしゃべりをするということは、生活に張りをもたらしてくれますし、生きがいにもつながると思います。
続いてりぷりんと・中央区の会員の方々に、参加された経緯と活動の手応えについてうかがいました。
設立当初からの会員である遠藤親子さん
退職後、何か取り組むものが欲しいと考えていた時、区の広報紙で「読み聞かせ」のボランティア募集のお知らせを見つけ、「これだ!」と思いました。自分の中に「子供たちに何かを伝えたい」という思いがあったのだと思います。迷わず応募しました。
まず、6カ月の間に何度か講習があり、発声や絵本の持ち方、よい絵本の選び方など基本的なことを学びました。そうしていくうちに、絵本の奥深さに惹きつけられましたね。
1歳児から小学6年生まで、子供たちの成長に応じてどんな絵本を選び、どう読み伝えればいいかが難しいところです。しかし、国内外に伝わる昔話を通じて、美しい言葉や本を読む楽しみを伝えたいと思って取り組んでいます。子供たちも、楽しみに待っていてくれているようです。
たまに街で中学生となった子供たちと出会うと、「おはようございます」と声を掛けてくれます。望外の幸せを感じますね。
この数年内に会員になった榎本美枝子さん
定年前に、「芸術を嗜む」、「文学を嗜む」、「ボランティアを通じて地域活動に取り組む」の3本を軸に、豊かな第二の人生を歩むことを決めていました。そんな私に、「りぷりんと」で読み聞かせ活動をしていた友人が「子供が好きなあなたにぴったり」と勧めてくれたのです。
園児や児童たちと絵本の中で一緒に遊び、笑い、悲しみ、そして勉強する。子供たちの反応が大きければ大きいほど、シニアの私も素直な子供に返れるように思います。そして、感想文に接した時は、確実に子供たちの心の中に小さな記憶のタネが育っていることを感じ、ますます切磋琢磨して質のよい絵本を届けなければ、という責任感が溢れてきますね。
日本の未来を担う子供たちとの世代間交流や、思いもよらぬ自分自身の言動力を引き出してくれるこの活動に感謝しています。シニアの自分でも、今が”旬”と思っています。