東京まちかど通信
「せめて週に一度は会いましょう」をモットーに、人生の楽しみを再発見
演出家 森田雄三(もりた・ゆうぞう)さん
高齢者自身がサービスに従事し運営する、高齢者のためのサロン「せめてしゅういち」。自分の魅力や人生の楽しみを再発見できる場として、さまざまな人が集います。そこから地域の方々との交流が生まれ、コミュニティの再生につながっていくことを目指している、代表の森田清子さんと演出家の森田雄三さんにお話を伺いました。
イッセー尾形・ら株式会社 代表取締役 森田清子さんにインタビュー
「せめてしゅういち」では、サービスを提供する側とされる側の両方が高齢者です。
――「せめてしゅういち」を始められたきっかけ、経緯を教えて下さい。
私達夫婦は40年間、俳優・イッセー尾形の舞台に関わってきました。その仕事を休眠することになり、次はどんな仕事をしようかと模索していた時のことです。公益財団法人東京しごと財団から「60歳以上を雇用するモデル事業計画を募集」という知らせを受け取り、「これだ」と思いました。ちょうどその頃、スタッフと「楽ちん堂カフェに集まって何かやりたいね」という話をしていたところで、「60歳以上の人がやりがいを感じられる職場を創る」という点に共感したのです。
「自分はまだまだ元気」と思っている60歳以上の人はたくさんいます。けれど社会的には「高齢者」「現役を退いた人」のひとくくりにされてしまいがちで、居場所ややりがいをなくして喪失感にさいなまれる方が多いのが現実です。
高齢者でも生き生きと楽しく過ごせ、生きがいも見つけられる、そのきっかけの場所を作れないかと思って生まれたのが、飲食の提供や各種ワークショップを実施するコミュニティサロン「せめてしゅういち」です。
森田は40歳で障害をもちましたが、興行の仕事は障害の有無に関係なく行っていたので、「自分たちで職場を作る」ということの大切さや重要性をよくわかっていました。ですから「高齢者自身が働く場を作る」ということへの気づきは早く、実際にアクションを起こす地盤があったと言えます。「せめて週1回でも会いましょうね」という思いをそのまま名称にしましたが、週1回にとどまらず、「すでに週3」、「もはや週5」といった具合に、参加される方が活力を得ることを目標とし、2015年4月から事業をスタートしました。
――具体的な活動内容をお聞かせください。
活動場所は「楽ちん堂カフェ」です。高齢者が中心となって、同世代のためにサロンを企画・運営・制作しているため、ここではサービスを提供する側とされる側の両方が高齢者です。また、お客様も一方的にサービスを受けるのではなく、自ら参加することもできます。たとえばカフェに来る子どもと遊んだり、料理やちょっとした事を教えてあげたり、子育て中のお母さんの相談に乗ったり。やってみたいことがあれば、提案していただくことも大歓迎です。
スタッフの小林さんは、デリバリーのお弁当作りやカフェで提供する料理を作ってくれているのですが、食べた人から「どなたが作っているのですか」と名前を尋ねられるほどの腕前です。ピーマン嫌いだった子どもが、ここでピーマンを食べて「うまい!」と叫び、親がびっくりしたといったエピソードもあります。
足立さんは料理だけでなく、メニューの考案などにも関わってくださっています。山渕さんは経理のスペシャリストという専門知識を生かし、親子の簿記教室を無料で開催したところ、大変好評でした。ラジオで子ども相談室の番組を長年制作していた人は、ここに来ると子ども達と多摩川へ行き、写真を撮りつつ多彩な植物について教えています。そして森田は演劇のワークショップの開催やラジオドラマの制作などを行っています。
簿記教室開催!
このように、誰もが自分の得意分野を「せめてしゅういち」を通じて発信しています。
地域の方に開かれた場所を作ろうと、「楽ちん堂カフェ」をオープンしました。
——これまでにどのような苦労がありましたか?
やはり利益率は頭を悩ませる問題です。お弁当にしても、いいものを作ろうとするほど仕込みに費用がかかり、原価が50%を超えてしまうこともあります。ただ、経理担当の山渕さんは「それでいい。健全な良心のある経営というのはそういう数字。その中で、いかにこの事業を続けていくかをみんなで真剣に考えることが、いいチームを作る源です」と言ってくれました。
——楽ちん堂カフェを運営している「NPO法人ら・ら・ら」設立のきっかけと、カフェをオープンした理由をお聞かせください。
阪神淡路大震災後、「フツーの人々の日常にこそ豊かさがある」をテーマに全国で行ってきた、森田のワークショップと公演の活動をさらに広く行っていくため、2007年に設立しました。
カフェのあるスペースは、興行の仕事をしている時には稽古場として使っていました。その用途で使われなくなったので、空間を生かせるカフェをオープンして、地域の方に開かれた場所にしようと考えたのです。「せめてしゅういち」も、この場所があってこそ生まれました。
――楽ちん堂カフェの営業内容について教えてください。
食事はすべてスタッフの手作りで、仕事帰りの人も利用できるよう、ランチだけでなく夜も営業しています。そのほか、手作りパンの販売やオーダーメイドのお弁当の配達、民間学童を行っています。さらに2014年からは、精神・発達障害に重点を置いたデイケア施設「イクツアルポック」をオープンしました。
目的がなくても立ち寄れる場所なので、気軽に遊びに来てください。
――今後、「せめてしゅういち」が目指す活動とは、どのようなものでしょう。
ずばり、「出産と看取り」です。出産と看取りというのは、昔の家ではどこでもやっていたことですから、「せめてしゅういち」でも実現できればと考えています。また、ここには赤ちゃんや小さな子ども同伴で出勤していたスタッフもいます。「子ども連れで働けるところ」も目指しているので、大変望ましい姿ですね。
さらに、障害者や高齢者、子供などが混在する宿泊型の施設が全国にどんどん増えている今、ここもいずれはそのような形にできれば、という思いがあります。富山県の施設を見学に行った時、ようこそと迎えてくださった方を園長先生だと思っていたら、実は要介護5の入居者でした。病院では何もできなかったのに、その施設に移ったらどんどんお元気になったそうです。さまざまな人が共生できる場を作れたらいいですね。
――最後に、シニアの方に向けてメッセージをお願いします。
都市には高齢者の居場所があまりありません。ご近所さんのお宅でちょっとおしゃべりしたいと思っても、庭先を通って「元気?」と気軽に入っていける環境はごく限られていますし、気楽におしゃべりできるような縁側もありません。出かけたい、けれど行くところがない。そんな方のために「せめてしゅういち」はあります。目的がなくても立ち寄れる場所ですから、ぜひ気軽に、遠慮なく遊びにいらしてください。
演出家 森田雄三さんにインタビュー
森田雄三さん
40歳の時に病気で足を手術し、障害者になりました。杖がないと歩けない体になったことで、「気持ちが若いうちに老人になった」と感じました。
今の高齢者もまさに同じで、体は衰え始めていても気持ちは若いのです。だから外に出てきたいけれど、行く場所がない。あるいは僕のように、自分が出かけることで周囲に気を遣わせてしまうのではないかと思ったり、「かわいそう」と思われたりすることにためらい、出歩きにくくなる。そういうジレンマを抱えている高齢者は少なくないでしょう。ならば「せめてしゅういち」という集まる場所を用意し、そこから仕事が発生すればいいと考えました。そこで各自が持っている知恵や知識、技術を生かすことは、「自分は生きていていい」という、お金では買えない思いを得られるはずだと思ったのです。
山渕さんが高い専門性をもって経理を見てくれることで健全な運営ができ、小林さんの厳しくあたたかい指導によって若いスタッフの料理の腕もどんどん上達する。僕は小林さんを「レンタル姑」と呼んでいるんですよ(笑)。妻は足立さんからおいしい店の情報などをよく教えてもらっています。インターネットで調べても情報は得られるでしょうが、やはりその土地に長く暮らす人の情報は確かなものです。インターネットの裏には高齢者の時代が隠れていて、そこにこそ見聞きした手触りのある情報があるといえるのかもしれません。「せめてしゅういち」は、このような頼もしい仲間達に支えられています。
高齢者は、能力はあっても雇用される機会がきわめて限られています。そのような中で、「せめてしゅういち」でやりがいを感じながら収入も得られるというのは、小さな集まりながら大きな成果ではないでしょうか。経済一辺倒の社会でこのような場があることは、非常に大事なことではないかと感じます。
スタッフインタビュー
山渕達也さん(69歳)
森田さんが全国で開催しているワークショップに参加して芝居の練習をしたことが、森田夫妻と知り合ったきっかけです。当時の私はちょうど大病をしたばかりで、これからの自分に自信が持てず不安な日々を送っていたのですが、ワークショップでたくさんの元気をもらいました。さらに私が長年経理の仕事をしていたことを知った清子さんが、「うちであなたの能力を生かしてみませんか」と声をかけてくれたのです。とてもうれしかったですし、「せめてしゅういち」の内容を聞き、それなら自分が活躍できる場があるのではとも感じました。今では「もはや週5」の状態です。
私の知恵と経験で若い人に教えられることはあるはずだと、親子の簿記教室を開いたり、経理を担当したりしています。ここに集う人たちが、お金という経済性とは異なる形の幸せを通じて仲間になれたらいいと思いますし、その手伝いができていることにやりがいを感じ、毎日楽しく過ごしています。
小林千鶴子さん(70歳)
長年、お年寄りの方への食事作りに関わっていたので、食べやすいものや添加物の入っていないものにこだわってきました。主人を看取り、仕事も定年退職して、これからは好きなことをやろうと思っている時に、地域のお祭りで清子さんと知り合いました。そして私が料理好きだと知り、お弁当作りを手伝ってもらえないかと誘っていただいたのが始まりです。
どんなに自分でいい味付けができたと思っても、その場にいる全員に味見してもらうようにしています。確認の意味もありますし、料理を提供する側が、まずその味をしっかり知っているべきだと思うからです。
この年になっても「来てください」と求められることが幸せです。また、雄三さんは「最初はおいしいお弁当を食べられてうれしいだけだったのが、次第に『俺の知らない人もこの弁当を食べておいしいと思うんだろうな』と思うことがうれしくなった」と言ってくれました。毎日ここに来て大好きな料理ができて、「おいしい」と喜んでもらえることが本当にうれしいですし、楽しくてたまりません。
足立やよいさん(68歳)
森田夫妻が興行の仕事をしていらっしゃった時に食事を作って届けていたので、おふたりとはその頃からのお付き合いになります。興行の打ち上げやおせち料理なども手掛けたほか、興行時に劇場でサービスするメニューの考案や作り方の指導などにも関わらせていただいていたのがご縁で、「せめてしゅういち」でもお手伝いするようになりました。
一時は主人から「どっちが家だ」と笑われるほどここに通っていたのですが、最近は母の介護と体を悪くした主人のサポートもあり、以前ほど頻繁には行けません。今はイベント時にお手伝いできるのが、私にとっても大きな気分転換になっています。
ここではちょっと落ち込んでいる時でも、無理してテンションを上げる必要がありません。周囲が察してくれるので、自然体でいられるのです。「せめてしゅういち」は、今までもこれからも私にとって大切な居場所です。
(取材:2016年7月25日)
■プロフィール
イッセー尾形・ら株式会社
設立/2002年4月
代表取締役 森田清子