東京まちかど通信
60歳から始める演劇が元気の源&新たな出会いを招く
60歳以上だけが入団できる、シニア劇団のかんじゅく座。NPO法人シニア演劇ネットワークを運営母体として、劇場での公演や出張公演を定期的に開催しています。座員は配偶者や両親などの介護や自身の体調など、各々抱えている生活背景がありつつも、舞台に立って演じる喜びを求めて稽古に励んでいます。今回は劇団の代表と座員に、活動内容やかんじゅく座との関わりについてお話をうかがいました。
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代表 鯨エマさんにインタビュー
演劇に興味のあるシニアに活動の場を作りたいと思いました。
――かんじゅく座を立ち上げた経緯をお聞かせください。
私は演劇をやりながら障がい者ヘルパーの仕事も行っていたので、障がい者の方々がお芝居を見に来てくれることがありました。しかし会場となる小劇場はバリアフリーどころか「フルバリア」状態で、車椅子で入ることもままなりません。そこで劇場のバリアフリー活動を始めたところ、次第に障がい者だけでなく高齢者にもやさしい劇場づくりを目指したいと思うようになりました。とはいえ、高齢者の方が観たいお芝居というのは、小劇場で上演されるようなお芝居ではなく、大劇場で上演される華やかな演目です。そういう作品を作ることはできませんが、「お芝居をやりたいと思っているシニアのサポートならばできるのでは」と考え、60歳以上に限定して劇団員を募集しました。ちょうどその頃は、団塊の世代が大量に定年退職を迎える「2007年問題」が世間で騒がれている時期でもあったので、その人たちがセカンドライフを過ごす場を提供できないかという思いもありました。
募集したのが2006年7月のことで、何度か体験レッスンを実施した後、9月に13名で稽古をスタートしました。翌年3月に旗揚げ公演を行い、2009年には座員が40名まで増え、2クラスとなりました。現在は60歳から81歳まで31名が所属、発足当時からのメンバーは今でも5名います。
――活動内容を教えてください。
春には劇場公演、秋には保育園や児童館、高齢者施設、障がい者施設など、劇場へ行く機会が少ない方のところへ出張公演をするのが恒例となっています。公演先は、以前は自分で探し、こちらから先方に「公演させて下さい」とお願いしていました。プロの劇団ではありませんから、こちらから依頼してお芝居をする場をいただくわけですね。けれど自分で公演先を開拓するには限界があったので、新宿区の社会福祉協議会に相談したところ、高齢者施設などをマッチングしてくれました。
また、2年に1度開催される「全国シニア演劇大会」へも出場しています。2011年に、当劇団が、この大会の中核団体となったことをきっかけに、2012年にNPO法人シニア演劇ネットワークを設立し、かんじゅく座の運営母体としました。NPOでは全国大会の開催のほか、定期的に機関誌を発行して全国のシニア劇団と情報を共有するなどの活動をしています。全国大会をやってよかったと思ったのは、これまでつながりのなかった地域についても座員たちの目が向くようになったことです。たとえば、全国大会で同じ舞台に立った仲間が暮らす地域で大きな自然災害が起こった際、そこに馳せる思いは俄然、変わってきます。細くとも確かなつながりができるというのは、かんじゅく座を立ち上げたときには予期していなかった効果です。
普段のレッスンは「火・金曜チーム」と「水曜チーム」にわかれています。週2回レッスンをする火・金チームは公演のための稽古だけでなく、専門講師を招いて歌やムーヴメント、即興などの稽古もしています。水曜チームは仕事をしている方や介護などを抱えている方が多いですが、公演直前は集中して本番を目指しています。稽古は通常10~12時、あるいは13時までですが、公演前は夕方までの延長稽古となるのでなかなかハードです。
大切なのは、演じる人がいかにイキイキしているかです。
――シニア劇団ならではのよさや難しさはどんな点でしょうか。
難しいことばかりのような気がします(笑)。私が芝居作りで当然だと思っていることは、ことごとく覆されますから。たとえばみんな、セリフを覚えてこないのです。私からすれば考えられないことなのですが、同時に「セリフを覚えること=芝居を作る」ではないということにも気づかされます。舞台の上で何が面白く思えるかって、セリフを完璧に覚えていることではなくて、演じている人がいかにイキイキしているかということだなと。また、演技指導すると「いいえ、私はそういう風にはやっていません」と否定されたりもします。そういう場合はどんなに口で言っても納得してくれないので、動画を撮影したり録音して声を聞いてもらったりすることで、自分の芝居を客観的に見てもらうようにしています。こんな調子なので、私自身も今までの自分が思っていた演劇に対する思い込みを崩されつつ、それを楽しんでいるといった感じです。十人十色の人生を歩んできたさまざまな価値観を持つ人と一緒に活動するというのは、難しいことがあるからこそ面白いのでしょう。
――かんじゅく座の代表として、どのようなところにやりがいを感じていらっしゃいますか?
実はこれほどかんじゅく座の活動が忙しくなるとは思っておらず、最初は役者と二足の草鞋を履くつもりでいました。ところが実際には、私の演劇活動に費やす時間の8割はかんじゅく座です。かんじゅく座を立ち上げる以前に小劇場で役者をしていたときは、ただ自分のやりたいことをやっているという、それが100%でした。けれど高齢者の居場所づくりという意味合いも兼ねたかんじゅく座の活動に携わることで、私なりの新たな演劇との関わりあい方を見つけられたと感じており、続けてきてよかったと思います。ときに苦しい局面もありますが、それ以上にお芝居する側も観る側も元気になるような活動をしたいという思いが強いですね。公演が終わったときには毎回「もっとできたはずなのに」と思います。だから次をまたやる、その繰り返しもやりがいと言えるのかもしれません。
2018年に初めて大島や三宅島などの島しょ部で公演を行ったのも、かんじゅく座だったからこそ実現できたことでしょう。プロの集団だとビジネスなので、まずはお金の話からとなってしまうケースも少なくありません。けれどかんじゅく座の場合はプロじゃないからこそ自由で、最優先事項は「座員がやりたいかどうか」ということ。これはとても素敵なことですし、チャンスや可能性が広がりやすいという側面もあると思います。
軽い気持ちで入団した人が舞台を踏んで本気モードになりました。
――かんじゅく座に興味を持った人に求めることはなんでしょう?
ひとつの作品を作り上げるのはかなりのエネルギーがいることなので、「芝居が好き、芝居をやりたい」という確固とした思いで参加してもらいたいです。もちろん、現在の座員の中にも「暇だから」とか「認知症予防」といった理由で始めた人もいます。けれど一度舞台を踏むことで演劇に魅力を感じ、気持ちが切り替わった人が現在も活動を続けているので、そういうモチベーションは大事にしたいです。
演劇は必ず誰かに見てもらうためにやるものです。観客は色々な年代の色々な価値観の、まさに千差万別。日常の自分が出会うことがない人と舞台と客席という関係で出会えるのは、演劇の魅力のひとつです。自分たちのお芝居を批判されることもあればほめられることもある。そのドキドキもまた演劇の魅力です。心拍数が120を超える興奮や緊張を味わえるって、なかなかないですよ。
――今後の予定をお聞かせください。また最後にメッセージを一言。
2018年に初めて実施した島しょ部公演は、2019年も三宅島と神津島を予定しています。
かんじゅく座はプロの演劇集団ではありませんが、自己満足のためだけに活動しているのではなく、芝居を通して多くの人と対話したり交流したりできるようにという志があります。その思いは今後も持ち続け、さらに大きく広げていきたいと思っています。また、私の後継者も育成していきたいですね。新しい風を入れないと座員も飽きてしまいます(笑)。後継者に限らず、一緒にやってくれるスタッフは常に探しているので、興味のある人はぜひ声をかけて欲しいです。もちろん座員も随時募集中です。お芝居好きな方、お芝居に興味のある方、性別は問いませんが男性はとりわけ大歓迎です(笑)。ぜひ一緒に舞台に立ちましょう。お待ちしています!
河内雅子さん
かんじゅく座の旗揚げメンバーとして入団した当初から現在まで、座員の中で最年長の81歳です。小中学の頃から学芸会が大好きで、大きくなったらお芝居をしたいという憧れをずっと抱いていました。ようやく自分の自由時間が作れるようになった頃に新聞で座員募集の記事を見つけ、迷わず飛びつきました。お芝居の経験は皆無でしたが、不安はありませんでした。週に2回、自宅から電車で稽古場を訪れ、みんなと一緒に体を動かし大きな声を出して稽古をすることは、日常に大きな刺激を与えてくれます。セリフ覚えが悪くなって苦労することもあるのですが、娘からも「家を出る時と稽古から帰ってきた時では顔つきが全然違うから、これからも続けたほうがいい」と言われます。先日は公演が終わった後にちょっと体調を崩し、3か月ほど稽古を休みました。少しずつ体の衰えが進んでいくのはやむを得ないことですが、稽古場まで自力で行ける間は、健康管理に気をつけつつ1日でも長く続けていけたらいいなと思っています。そのために、食事と睡眠はしっかり取るように心がけています。
かんじゅく座に入団するまで、私の世界は地域の活動にとどまっていました。それが今では実に多様な方と出会い、この年になってから新たな友人もたくさんできました。地域の活動や交友関係はもちろん大切ですが、かんじゅく座のおかげで世界が広がったことはとてもうれしいです。81歳の私も楽しくお芝居できるので、興味のある方はぜひ一緒に活動してほしいですね。
阿部均さん
現在、65歳です。長年サラリーマンとしての感性を磨いてきましたが、定年退職後のセカンドライフを考えるようになった頃から、カルチャー講座の朗読教室や盲目の方への音声訳教室に通ってみました。しかし、それらの体験は若い頃からの夢だった「表現したい」という強い思いとは合致しきれていないという思いもあり、自分の求めている表現者としての場は演劇だと思い至りました。そこでホームページで劇団を検索したところ、最初に挙がったのがかんじゅく座でした。そして練習を一度見学させてもらい、退職後はぜひ入団しようと決めていたのです。2018年5月に仕事を退職し、7月に入団しました。
地道な稽古を積み重ねて初舞台を踏んだ時、観てくれた子どもたちが「楽しかった」と言ってくれました。これはもう、これまでの人生で経験したことがない類の喜びでしたね。入団してよかったと心から思いました。また、読書でも違う視点から読むようになったり、映画を観ていてもストーリーにある背景や前面に出さない情緒などに目が向くようになったりと、これまでとは捉え方が変わりました。新しい感性をこの年になってから磨くというのは実に楽しいことで、新しい自分を発見する驚きがあります。
セリフを覚えるには、まず自分以外のすべてのセリフを録音します。その際、自分のセリフ部分は間を空けておき、再生したものを聞きながら「間」の部分で自分のセリフを言います。これを繰り返すことでセリフを覚えるという方法は、かんじゅく座の先輩方から教えていただきました。
65歳から未知の場所に飛び込むというのはそれなりに勇気がいることかもしれませんが、私がたまたま新天地に足を踏み入れることにまったく抵抗がないタイプなので、迷いはありませんでした。ただ、同時に入団した男性の座員とも話すのですが、この「新しい場所への最初の一歩」を踏み出す勇気は女性のほうが持っていて、男性は今ひとつ消極的だと感じます。最初のステップさえ踏むことができたら、その先には実に広い世界が広がっているので残念なことです。演劇をすることで色々な疑似人生を歩むことができますから、ひとりでも多くの方と一緒に楽しい演劇ライフを送りたいですね。かんじゅく座でお待ちしています!
(取材:2018年12月14日)
■プロフィール
かんじゅく座
NPO法人シニア演劇ネットワーク
代表 鯨エマ