第11走者 鈴木祐介さん

宮崎雅也さんの写真第10走者
日野市ボランティア・
センター
宮崎雅也さん
鈴木祐介さんの写真第11走者
大島社会福祉協議会
鈴木祐介さん

人口8000人強の大島で、「顔の見える関係」を生かしながら、日々、様々な生活課題を住民のみなさんと一緒に解決しています。

——大島社会福祉協議会(以下、「大島社協」という。)やふだんのお仕事について教えてください。

伊豆諸島の大島町は、人口8,000人強の小さな自治体で、約36%という高い高齢化率から、高齢者を対象とした事業が多い社会福祉協議会(以下、「社協」という。)です。小さな社協で職員も少ないので、みな様々な仕事を兼務しており、「なんでも屋」みたいなことをしています。私自身、会計、経理、財務や事業計画の策定など、法人運営に携わりつつ、ボランティアセンター、日常生活自立支援事業、生活福祉資金、在宅福祉サービスのコーディネートなども担当しています。

例えば、病院まで無料で交通弱者を送迎するサービスも、町からの委託サービスとして実施しています。年間で延べ1600人ぐらいの方にお使いいただいているサービスです。島内の移動に当たって交通機関の選択肢が少ないので、そういった島民の方のニーズを拾い上げて事業化しました。また、在宅の一人暮らし高齢者を対象にした配食サービスや、お布団の洗濯乾燥サービスなども提供しています。そのほか、児童や障害をお持ちの方を対象としたサービスも提供していますが、町内の知的障害者入所更生施設と共催で開催している「ふれあいまつり」は、地域の住民さんを分け隔てなく、児童生徒と高齢者及び障害者など地域みんなの交流を目的にしたイベントで、毎年たくさんの方にお集まりいただいています。

少子高齢化は進んでいますが、大島は小さな地域コミュニティですので、まだまだ地縁組織がしっかりと残っています。住民のみなさんは、各地域の婦人会や青年団・消防団・老人クラブなどに属している方が多く、地域の支え合いのために新たにボランティア・グループを作ろう!といった社協からの積極的な働きかけがなくても、地域に根付いている各地縁組織が、住民同士の自然な助け合いの役割を担っていることも特徴です。地元の婦人会や青年会の方たちが地域の協力員となって、「ふれあいまつり」などのイベントを実施する際には、活動をサポートしてくださっています。

——鈴木さんがこのお仕事を始めたきっかけを教えてください。

都内の高校に進学し、大学では、経済学を専攻していましたが、老齢の祖父母に介護が必要になったことから大島へ帰ってきました。ただ、当時は介護の経験もなく、福祉のことも全く知らなかったので、学びながら働けたらいいなと漠然と考えていたところ、ちょうど大島社協の求人があったため、すぐに応募しました。

——これまでお仕事をされてきて、印象に残っているエピソードなどありますか?

忘れられないのは、やはり平成25年に当地を襲った台風26号による土砂災害とその支援活動をした経験です。36名の方が亡くなり、いまだに3名の方の行方がわかっていません。被害の最も大きかった元町地区は、私の生まれ育った地元です。

大島社協は、発災から2日後には、災害ボランティアセンターを立ち上げましたが、災害支援のノウハウもなければ、事前の備えも全くなく、東京ボランティア・市民活動センター(以下、「TVAC」という。)や災害支援を行うNPO、都内の他の区市町村社協、企業や数多くのボランティアなど外部の方々のご支援とご協力があって、なんとか災害ボランティアセンターを運営できたという状況でした。当時は社協の2階にある会議室を災害ボランティアセンターの拠点とし、約8,000人のボランティアを受け入れてきました。

発災翌日の10月17日には、TVACの方が来てくださっていたこともあり、災害ボランティアセンターの立ち上げ準備をしながら、被災された方の安否確認などの訪問活動は迅速に始めることができました。

——当時、一番大変だったことはなんでしょうか?

被災された方々の困りごとを把握することが大変でした。被災者は、「災害」という大きな困りごとに直面し、非常に混乱されているので、「社協が災害支援をする」と言われても、ピンと来ない方がほとんどでした。ですが、普段から、「顔の見える関係」ができていたこともあり、大島社協の職員と島外からのボランティアがペアとなって被災者宅を回ることで、被災の当事者に警戒されることなく、スムーズにファースト・コンタクトをとることができました。まずは、「大丈夫だよ。これからボランティアが来て、いろいろお手伝いをしますから。」とお声掛けをして回り、少しずつ関係性を築いていきました。

また、大島社協では、被災者支援に関して、生活支援相談員という専任の職員を配置しています。災害からおよそ3年が経過した現在も支援活動を続けていて、災害ボランティアセンターが土砂・ガレキの撤去を終え、その役目を被災者の生活支援に移行する中で、「自死ゼロ」、「被災された方に寄り添う」というスローガンを立てて活動を続けてきました。その一環として、被災者支援連絡会という会議を毎月1回開催しています。町役場の復興関係・福祉関係の職員、福祉事務所、保健所、民生委員、社協という構成メンバーで、被災された方々の情報を共有し、孤立される方が生じないように、支援にあたる者それぞれが気を配っています。

——地域福祉の仕事を目指す方へのメッセージをお願いします。

地域福祉は、「地域に暮らす人たちの様々な生活課題を地域の人たちと一緒に解決していく」ことと理解しています。大島の場合、小さな島なので、その分、地域の人々との関わりが強い。支援を受ける側も支援する側も、それぞれ顔見知りということが多いです。日常生活の延長上に地域があり、お付き合いがあるので、そこへどれだけ入り込めるかという部分に興味がある方が、この仕事に向いているのではないでしょうか。

職場の方から見た鈴木副センター長

藤田事務局長の写真 藤田事務局長

鈴木くんは仕事が早く、何でも安心して任せられる副センター長です。地域の方たちにも、「社協の鈴木さん」として良く知られています。社協の事務所がある元町地区は、彼の地元でもあるので、一番顔が広い。土砂災害のときも、元町地区に顔の利く鈴木くんが、発災当初から現場に入ってくれたことで、被災者の方も安心して、大島社協に相談を寄せてくださいました。

草野さんの写真 草野さん

鈴木さんとは、僕が大島の土砂災害発生時に災害ボランティアとしてここへやって来たときに知り合いました。地元の社協職員とタッグを組んで被災地域を回るときに一緒に回ったのですが、鈴木さんが行くと、地元のおばあちゃんたちが、「祐ちゃんが来てくれた!」とすごく喜んでいたんです。その後、生活支援相談員として、この3年、大島で働いてきました。大島社協の凄いところは、わずか7人という職員体制で、発災時はもちろん、日々、住民の方からいろいろな相談が飛び込んで来る中でも、積極的に現場へ飛び出して行くところ。基本的に断るということがない。鈴木さんをはじめ、大島社協は、一人ひとりの住民を大切にしているんだなと感動したのを憶えています。

インタビューを終えて

まだまだ土砂災害の爪痕も残る大島ですが、「多くの方が島を訪れて下さることが何より嬉しい。」と言う鈴木さん。今回、大島を訪れた2月下旬は、ちょうど「伊豆大島 椿まつり」が開催中で、椿はもちろん、早咲きの桜も開花していました。人と人との距離も近くアットホームな雰囲気の大島町。「また、ここに来たい。」と感じさせる素敵なまちでした。

鈴木さんの職場はこちら

大島社会福祉協議会

大島社会福祉協議会は、社会福祉法に基づき「地域福祉の推進」を目的に組織されている非営利の民間団体です。地域福祉サービス、高齢者福祉サービス、在宅福祉サービス、被災者支援など、町民の方々に寄り添いながら、各種の支援活動を展開しています。

(公開:2017年3月30日)


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