2025年の東京をつくる 東京ホームタウンSTORY

東京ホームタウン大学講義録

人生100年時代の地域との関わり方
2019年度総括イベント「東京ホームタウン大学2020」
4限目 トークセッションレポート

4限目 トークセッション
安藤 哲也氏(講師)、ライフシフト実践者2名、地域活動者2名
2020年5月26日

開催日:2020年 2月 20日(木)<br>会 場:東京大学 伊藤国際学術研究センター 伊藤謝恩ホール<br>登壇者:安藤 哲也氏(講師)、笹 はるみ さん(プロボノ経験者/三井住友信託銀行 勤務)、三塚 義治 さん(プロボノ経験者/機械メーカー 勤務)、飯田 公也 さん(中間支援組織/国立市社会福祉協議会 福祉事業課 地域事業係 コミュニティソーシャルワーカー)、松尾 陽子 さん(中間支援組織/目黒区南部包括支援センター 主事 看護師)<br><br>●1限目 基調講義レポートはこちら<br>●2・3限目 テーマ別分科会レポートはこちら

ページ:1 / 3

東京ホームタウンプロジェクトが始まってから5年目を迎えた2019年度、これまでの活動を総括すべく開催した「東京ホームタウン大学2020」。4限目のトークセッションでは、企業で働く人々が定年後のキャリアデザインを描くためのキーワードとして注目される「ライフシフト」について、ライフシフト・ジャパン株式会社取締役会長(NPO法人ファザーリング・ジャパン ファウンダー/代表理事ほか)の安藤哲也氏よりお話して頂きました。また、実際にライフシフト実践中の現役企業人のお2人、そして企業人の地域参加促進に取り組む地域活動者お2人とともに、その具体策について考えていきました。

※この講義は本記事掲載にあたり、内容を一部編集しています。

安藤 哲也氏:

「ライフシフト」の意味ですが、我々はこのように定義しています。“人生の主人公として、自分でハンドルを握り『100年ライフ』を楽しむこと”。

特に企業勤めの人は、今は組織のための歯車の一つとして、というような考え方があると思いますが、その楔が外せたら、その先は自分たちで楽しんでいこうということです。企業勤めではない人も含め、人生は自分でハンドルを握る”ということが大切です。

子育て支援の現場にいると、過保護になって子どもの自立を妨げてしまう親を見ることがありますが、親が敷くことのできるレールは途中駅まで。どの終着駅に向かうかは子ども自分で決める。子どもの人生は子どものもの。そんな風に僕も一人の父親として思います。

今、世の中を俯瞰して見てみると、ものすごいスピードで様々な変化が起きていますよね。最近では、気候変動とか新型ウイルスの問題等の社会的課題が出てきています。

職場においては、終身雇用や年功序列といった日本型の雇用システムの終焉、一方で、生産者世代が減って労働者が不足。それによって働き方改革が盛んになっています。副業を解禁する企業も増えてきました。人が足りないのでこれからはAI(人工知能)を使ったり、すでにある自治体では介護ロボットに助成金を出したりもしていますね。

教育についても、改革が進んでいます。「非認知能力」を高めるといった子どもに向けた教育だけでなく、社会人のリカレント教育や学び直しにも注目が高まっています。

そしてここが一番重要かもしれません、「ダイバーシティ(多様性)」の尊重ということが求められてきています。

こういった中で、書籍などもたくさん出ていますが、近年「ライフシフト」に関する本が日本でも翻訳されて、大ヒットとなりました。

この本の中での一番のトピックスは、やはり寿命の話です。日本は世界の中でも長寿の国ですけれども、今の中学校1年生より下の子たちの半数は107歳まで生きると言われています。でも今、誰も107歳までの生き方を教えることはできませんよね。

100歳以上の人口は昭和のころと比べて激増していて、今では6万~7万人程もいらっしゃいます。これらの人々が更に増えていくなかで、今後どのように社会が支えていくのか。あるいは自分自身でどう生きていくのか、ということを考えていきたいと思います。

 

「3ステージ」から「マルチステージ」へ

昭和の時代は70歳くらいで寿命が来ていたので、大体みんなが同じ「3ステージ」の生き方をしていました。勉強を20年ほどして、会社や役所に定年まで約40年勤めて、余生10年くらいで人生が終わるというパターンでした。しかし、平成の間だけですでに10年寿命が延びて、今は男性81歳、女性84歳が今の平均寿命です。

これが、更に延びるだろうと言われています。となると、一律の「3ステージ」の生き方ではなく、人それぞれの多様な生き方つまり「マルチステージ」という考え方にしていくことが求められます。

実際に仕組みも変わってきています。企業によっては既に定年制が廃止になったり、一社で定年まで働くのではなく転職を繰り返してキャリアアップと働きやすさを手に入れる人が増えたりしていきます。最近の20代、30代の前半のミレニアム世代と言われる人たちの間は、この年代で独立起業するのも珍しくなくなってきています。

フリーランスになると、色々なしがらみから外れられますが、保障がなくなるので大変なこともあります。逆に専業主婦だった方で、自分の得意技を活かして、フリーランスとして活躍し始めた人もいます。副業を認める企業が3割を超えたという話もあります。企業だけでなく自治体にも広がっています。神戸市役所と奈良の生駒市役所では公務員にも一部副業を認めています。

一方で、働き方改革と言われるなかでも、残業が多い、休みが取れないという事業所も相変わらずあります。最近の若い人は転勤をしたくないという人も多くなっていて、地方銀行より転勤がない信用金庫の方が人気になったりしているそうですね。

このように、だんだんと価値観が変わってきています。だから働き方の多様性においては、子育てや介護といった縛りだけが理由だけでなく「このまちが好き」だとか色んな理由があって然るべきです。その人なりの価値観や価値軸に合った働き方がどんどん出てきています。

で、先ほどお話しした本の要点に戻りますと、100年ライフを生きるには色んな「無形資産」が必要なんじゃないか、と言っているわけです。「有形資産」とは、マイホームや現金、有価証券といったもの。無いよりはあった方が良いんだけど、これだけではハッピーになれないよ、という事です。

「無形資産」の1つ目は「生産性資産」。仕事に役立つスキルや知識、仕事につながる人間関係や評判。SNSのフォロワーの数とかも含まれそうですね。

2つ目は「活力資産」。これが健康、友達、仲間、家族との愛情。地域のつながりもそうです。それぞれの人に肉体的・精神的な幸福感と充実感を待たせ、やる気を掻き立て、前向きな気持ちにさせてくれるものです。

そして3つ目「変身資産」。僕はこれが一番大事かなと思います。人生の途中で新しいステージへの移行を成功させる意思や能力、勇気みたいなものです。

多くの会社員の人はとりあえず定年まで働いて定年後はのんびり過ごすという考え方になってしまうんですが、人生100年時代に時代環境は変わっているので、早くこの思考から脱却して、ライフシフトすることを決めて乗り移れるかということです。一度しかない人生ですから、ここだなっていうタイミングを見極めて移行するのが重要だと思います。

雇用形態については、もう少し流動性を上げていくことが重要だと思います。教育環境も、我々世代から今の30代くらいまでは受験のための勉強、「管理教育」を受けていますが、そうではない教育をしていくこと。あとは社会人向けの教育の場と機会が必要かと思います。

「人生100年時代」について、我々は去年インターネットリサーチを実施しました。

「人生100年時代という言葉を聞いて、あなたはどう思いますか?」と聞いて、『ワクワクする』『どんよりする』に大きく分けると、20代の若い人と、60代以降の人はワクワクする割合がやや高いようです。一番低いのが中間管理職世代。板挟みになっているからでしょうか。社長になれば、時間もお金も余裕ができてポジティブになるのかもしれませんね。皆さんはどうですか? どんよりする人は今日のようなイベントにはあまり多くは来てないですよね。個別にヒアリングしてみて分かったのですが、「ワクワクする」っていう人は今現在、仕事でも暮らしでもしれなりに充実している人です。一方、やっぱりちょっと課題があって「定年が待ち遠しい」とか「できれば早く死にたい」とか言ったりする人はやっぱり100年人生にどんよりするのでしょうか。「100年も生きたらたまらないでしょ、このままじゃ」っていう感じ。でもそれは何かをキッカケに、すぐに変えることができるっていうことでもあるんですよね。

ということで、我々の社会におけるビジョンは、一人でも多くの人が「人生100年時代」をワクワクと楽しく生きていける、日本発の「ライフシフト社会」を創りたい、ということです。

・一人ひとりが自分の価値軸を見つけ、その価値軸に基づいた生き方、働き方を実現できる社会

・一人ひとりが新しいロールモデルとなって、多様な生き方、働き方を実践できる社会

・一人ひとりが何度でもチャレンジし続けることができる「マルチステージ」型社会

・組織に属しているかどうかが、有利・不利に結び付かない、オープンで公平な社会

・「人生100年時代」に対応した社会変革を世界に向けて発信し続ける社会

こんな感じのことを、理念として持っています。

私自身も思い返せば様々なライフシフトがありました。大学を卒業して出版社で働きました。当時はバブルでしたから、28歳の冬のボーナスに200万円が出たことありました。でも、僕は目の前でリストラされた会社の先輩を見て、これからは「会社」っていう所にずっと勤めて言われたことだけやっていても、右肩上がりで給料や地位が上がることはないな、と思ったんです。手に職をもつなり、自分しかできないことを究めてキャリアを積んでいかないとダメだなと。そこで本が好きだった僕は30歳で小さな本屋の店長になりました。そのあと   IT企業でインターネットの本屋も作ったりして、44歳のタイミングでNPOつくって社会事業に来ました。

ただ、もう一つのライフシフトのターニングポイントは、自分事ですが35歳で子どもが生まれて父親になったということです。保育園や学童の父母会長、小学校のPTA会長、読み聞かせのボランティアは今もやり続けています。今ではNPOの代表として、大学や高校でも授業をしたりしています。

「仕事」しかしていないと「社会事」が増えないんですが、そこに「自分事」が入ったことで、この3つが寄せ鍋のようにブレンドされていい感じになったんです。今は8種類の名刺を持って日々さまざまな活動をしています。


東京ホームタウンプロジェクトの支援先、参加者、協力団体などをご紹介します。

カテゴリ別に探す
支援内容別に探す
地域別に探す
プログラム別に探す
このページのTOPへ
このサイトについて個人情報保護方針お問い合わせ