地域づくりの台本
地域リビングプラスワン(板橋区)
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みんながやりたいことをやれる場所
プロボノ:新しいことに取り組むときには、どのように始めるのですか?
井上さん: まずはやってみる。その時周囲にいる人で話をして、盛り上がって実験的にやることが多いです。
福祉工場から寄付して頂いているパンを「森の住人さん」にさしあげている話を先程しましたが、これは、私から心細げに「どうだろう?」と話をしたら、「やろう」と男性のボランティアさんが言ってくれて始められました。今ではその男性が、週2回、欠かさずパンや惣菜を届け、記録まで担当してくれています。
最近では、作り置きおかずをみんなで作るプロジェクトを試しています。単純に私がよそのおうちの作り置きおかずをいただいたときに、「おいしい~~!」と感動して、「家にもいつも作り置きおかずがあったらいいのにな!!」と思ったことから始まっています。やっぱり、家事を楽にしたいじゃないですか。
(3章-1「日常のシェア エピソード②」参照)
プロボノ: 井上さんが音頭をとって始めることが多いのですか?
井上さん: みんながやりたいことをやる拠点にしていけるのが理想だと思っています。例えば、年末年始のおうちごはんがないときに、「持ち寄りで集まりたいよね」という人が集まって過ごすことや、「おしゃべりすることがもっと必要ね」とおしゃべりサロンを開始された方もいます。活動の予定表も、活動のタイトルにはつねに「よっちゃんのラーメン」とか「あっちゃんのごはん」と名前が入っていますが、作りたいメニューは自分で決めてもらっています。
私は、入念に準備して人を呼び込んでイベントを開催するとかは苦手なんです。今は、食事づくりが中心になっていますが、フラットな場から、自由な活動がもっともっと生み出されていったらいいなと思います。
プロボノ: いい意味で、とても個人主義なんですね。
井上さん: もともとNPO法人の名前にもしている「ドリームタウン」というのは、個々人が持っている特技や趣味、小さな活動に光があたり、何かやりたいと思っている人がそれを表現できている街だと思っています。地域の人と人とが日常を共有して互いに知り合うことで、小さなイノベーションがたくさん起きて、孤立や悩み事を解決するような取り組みもたくさん生まれていけば、豊かに暮らせる「ドリームタウン」になるのかなと考えています。
利用者からボランティアへ
プロボノ: ところで、ボランティアの方が50人と大変多くいらっしゃいますね。それが地域リビングの運営が成功している要因のひとつだと思いますが、どうすればそんなに多くのボランティアの方を集められるのですか?
井上さん: 成功だとは思っていないのですが、ボランティアの数や活動は広がっています。ここを立ち上げた当初は4人ほどで運営していました。「ごはん」も月に7回しかやっていなかったんですが、食べに来てくれた方に、「明日のごはんは何?」と聞かれて、「明日はないんです・・・」と答えたら、「え!?」となってしまった(笑)
で、その方に得意料理は何か聞いて、「わ、それ食べたい!つくってもらえませんか?」ってお願いしたんです。ちょっと強引ですけど(笑)
そんな感じで出会った人たちに声をかけて、ボランティアの方が増えてきました。
理事 中川さん: 特にお願いをしなくても、人手が足りないようなら配膳や片づけを自然に手伝ったり、そのうち洗い物を手伝ったり、いつの間にかボランティアになっちゃった、というケースも多いですね。みんなが無償のボランティアでやってくれていると分かっているので、利用者の方もお客という意識がないからなんだと思います。
ソーシャルインクルージョン 〜誰でも受け入れることが継続のカギ〜
井上さん: あゆちゃんという女の子がつくった「あゆちゃんち」という活動を応援しています。あゆちゃんは、重度の障がいをもっているのですが、地域リビングにボランティアとして来てくれていたことがありました。地域リビングは、立地やスペースの広さの問題で長くはいられなかったのですが、その後、彼女自身でコミュニティスペースを始めたんです。
プロボノ: 障がいのある人でもボランティアとして受け入れていたのですね。
井上さん: 当時、お母さまが地域リビングに来られて、「娘は、医療ケアが必要な重症心身障がい者なのですが、ボランティアとして参加できませんか?」と尋ねてこられました。私は、いつものように「ぜひぜひ!」と気軽にお答えしたのですが、そのとき、お母さんが感極まったのか涙を流されていました。これまでボランティアできる場所を探していても、障がいがあることを理由にずっとお断りされてきたそうです。私にとっては、「なんで断る理由があるんだろう?」という感じだったのでとても驚きました。
「あゆちゃんち」が始まってからは、地域リビングであゆちゃんと仲良くなった人たちが数多く遊びに行っています。地域リビングがきっかけになって、新たなコミュニティが創出される。コミュニティ創出機みたいになれたらいいですね。
プロボノ:ソーシャルインクルージョン・多様性とひと口に言っても、実際にやるのは大変ではありませんか?
井上さん: 本当に大変です!(笑)。いろいろな意見があったり、ぶつかったりしますから。でも、「一人を排除し始めると、結果、誰も残らなくなる」、そもそも完璧な人なんていませんから。これは立ち上げ当初から考えていたことです。
社会的包摂(ソーシャルインクルージョン)は、理事やコーディネーター、ボランティアとも共有している地域リビングの基本原則です。あと、最初は苦手な人に対して拒否反応を示した人でも、慣れると受け入れられたりしますね。慣れていないから、知らないから警戒しているだけで、慣れてしまえば大丈夫なこともあるようです。
いろいろな人がごちゃまぜになっていて「すごいな」と感動したのは、マイノリティだと思っていた人に共感者が増えて、仲間が増えて、マイノリティな感覚じゃなくなっていくこと。例えば、先ほどのあゆちゃんは、当然、障がい者の数としてはマイノリティなのですが、地域に仲間がいっぱい増えれば、あゆちゃん視点で考えてくれる人が増えるわけです。みんな、知らない、気付かないだけで、出会う場所があれば共感の輪は広がりますよね。
プロボノ: 多くのボランティアさんが運営を担う上で、コーディネーターに求められることは何ですか?
井上さん: 地域リビングには、多世代、外国籍、障がいのある人など属性も様々ですが、背景はもっと様々です。コーディネーターには、そうした様々なことに対する知識や、それがなくとも目の前で起きていることを受け止められる力が必要だと思います。
例えば、以前、認知症の方に、おうちごはんのお手伝いをしてもらったことがあります。どうしたらよいか分からなくなり、配膳のときに同じ席にお箸を何本も並べてしまうことがありました。たいていの方は、そこでその方の仕事を肩代わりしてあげる、悪く言うと仕事を奪ってしまうのですが、そのときは配膳の完成図を絵にして置いておく事で担ってもらうことができました。本人の様子やそのときの状況を見ながら場をコーディネートするため、正解はありませんが、とてもやりがいのあることだと思います。
井上さん: ボランティアさんはたくさんいるので、様々な場面で合う合わないという問題はどうしてもあります。その場合は、しばらくボランティアをする日が一緒にならないように調整しています。3〜5ヶ月後には、また仲良く一緒にやっていることも多くて、最近はボランティア同士のケンカも家族感があっていいなと思うようになりました(笑)。これは、慣れていくものなのかもですが、あまり深刻になりすぎない方がコーディネーターに向いていると思います。
10年後のビジョン
プロボノ: 常に変化しつづけている地域リビングに完成形はなさそうですが、10年後のイメージをお持ちですか?
井上さん: 具体的なイメージはないですが、 居場所があると街が豊かになると思っているので、居場所のあるまちづくりを進めていきたいです。
地域リビング自体はもっと広くしたいと思っています。いまのこの場所にも想い入れがあるから残したいので、2つ目をみんなでつくってみたいです。昔は、この場を作り上げることで精一杯でしたが、最近は2つ目、3つ目があってもよいなと考えられるようになりました。
プロボノ: 他にもリビングがあってもいいということですか?
井上さん: 地域リビングに入りにくい方もいるでしょうから、多様なコミュニティスペースがコンビニの数くらいいっぱいあればいいと思っています。「100人に1つ地域リビング」があってもいいね、などとみんなで話しています。私たちでつくるというだけでなく、居場所づくりをしたい人たちのサポート活動にも力を入れていきたいです。
プロボノ: 場所への考え方をお伺いしたり、この場を見学したりしてみて感じたのですが、みんなが主役、みんながやりたいことをやれる場となるようにしたいという印象を受けました。
井上さん: 高校時代に、部活動で期待に応えられなかったり、怪我をして挫折した経験があります。大学に進学してからも、自分が何をしたいのかがわからない時期があったのですが、大学の先生に学外活動にお誘い頂いたことが転機となりました。先程お話ししたコミュニティカフェや学び合い教室で、夢を持つ内モンゴルの留学生や様々な年代の人たちとの会話を通して、自分の悩みの小ささに気が付いて持ち直したんです。私自身が“地域”に助けてもらったんですね。
役割、という意味では、主役になれずに腐ってしまった自分の経験があって、どんな人にも役割があるし、主役になることができるはず、という思いが根底にあると思います。
プロボノ: 成功の秘訣、もしくはこれをやったら失敗するというようなポイントはありますか。
井上さん: 利用者の方やボランティアさんから、居場所のコンセプトに共感してもらえなくなったらつぶれてしまうんだろうなとは思います。根底にある信頼感は常に保たなければいけないと思いますが、そのためには、なんでも言えることが大事だと思います。私は、ボランティアさんからいつも怒られたり注意されたり、至らないことをひたすら指摘されています(笑)。
それでも、ある時に取材でボランティアさんのインタビュー映像を間接的に見たとき、いつも指摘をたくさんされるボランティアさんから、「なんでも言えるから、続けられるのよ」と、とても心のこもった言葉を聞くことができて、嬉しかった、ということもありました。
井上さん: 高島平団地は、高齢化によって世帯あたりの人数が減り、孤立しやすい状況になりました。また、若い人の一人暮らしも多いし、子育て世代も孤立しがちです。私たちは、こういった孤立しやすいという現代社会の課題に対する解を探しています。昔の村社会は孤独ではありませんでしたが、プライバシーがない、抜けられない、村八分がある(排除)などの課題がありました。
地域リビングは、過去の村社会に戻るわけではなく、プライバシーは守りつつ、つながりたい時につながれる新しい暮らし方を目指しています。
プロボノ: 我々も自分ごととして大変関心があります。今回作成する成果物が他の団体の立ち上げや運営に少しでも役に立って、その課題解決の一助になれば幸いです。
本日はありがとうございました。