東京ホームタウンSTORY
東京ホームタウン大学講義録
今はじめる、新しい日常のキーワード
「東京ホームタウン大学2021」
トークセッションレポート
近藤 尚己 氏
西 智弘 氏
広石 拓司 氏
開催日:2021年2月21日(日)<br>会場:オンライン<br>登壇者:<br>近藤 尚己 氏(京都大学 大学院医学研究科 社会疫学分野 主任教授)<br>西 智弘 氏(川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター医師、一般社団法人プラスケア代表理事)<br>広石 拓司 氏(株式会社エンパブリック 代表取締役)<br>動画:YouTubeにリンク(35:40よりトークセッション)<br>●基調講演レポートはこちら<br>●テーマ別分科会レポートはこちら
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身近な人々との関わりやふれあいの場を分断することとなった新型コロナウィルスの感染拡大。ライフスタイルの大きな変革を経て、これから私たちの日常はどのようになっていくのか。「今はじめる、新しい日常のキーワード」と題し、近藤 尚己 氏、西 智弘 氏、広石 拓司 氏を迎え、地域や人がつながり続け、居場所を失わないために、私たち一人ひとりが今すべきことについて、提言します。
※以下敬称略
広石:エンパブリックの広石です。東京ホームタウンプロジェクトでアドバイザーをさせていただいています。先ほどの基調講演で近藤さんがおっしゃっていたとおり、やはり東京って大きくて、人も多くて、だからこそ地域の中でつながりをつくろうとするのは難しい。地域のコミュニティ団体などが、少しずつネットワークを見つけて、つながりをつくろうとしています。
つながりが薬にもなる、予防薬にもなるっていうのは、すごくいいですよね。
西先生は、まさに現場で医療をしながら社会的処方を地域で取り組んでいらっしゃいますが、いかがでしょうか。
西:僕は川崎市井田病院というところで、がんの専門家として医者をやっていますが、その傍らで、一般社団法人プラスケアを立ち上げて、病院の外で「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」というものを運営しています。
まず、社会的処方を制度ではなく文化にしたいという話や、その要となるリンクワーカーの話をしたいと思います。
なぜ医師が、「社会的孤立」の問題に取り組むのか
西:まず、どういう人が要介護状態になりにくいのか、という研究があるのですが、「運動サークルに参加して運動している人」は要介護状態になりにくく、「運動サークルに参加しなくてあまり運動しない人」が一番要介護状態になりやすい。そりゃそうだ、と思うんですけど、問題は「運動サークルに参加していないが運動してる人」、つまりジムなどで黙々と筋トレをしている人と「運動サークルには参加しているがあまり運動しない人」、例えば体操サークルに参加はするけど後ろの方でしゃべってて、運動はほとんどせずにお茶飲んで帰る人。こういった人の比較です。
この結果から、運動をすることよりも、サークルに参加しているか、友達がいるかどうかの方が、将来の要介護状態に影響するのではないかということが示唆されているんです。
僕ら医者が、なぜ孤立という問題に取り組まなくてはならないかというと、「社会的孤立」が死亡率や認知症、転倒率、自殺率を上げているという問題があり、健康に対する大きなリスクであるということが数々の研究からわかってきたからということが理由です。
これを何とかしていかなければならないという話が、都市化や家族の多様性などを背景に、日本だけでなく、先進国を中心に起こっています。
では「社会的処方」とは何か。僕は、社会的処方の話をするときには、必ず元花屋さんの例を出します。
“もっと話を聞く”ことから「社会的処方」が始まる
西:ある日、クリニックに80歳の元花屋さんの男性患者が、「眠れない」とやって来ます。それを聞いた医者が、「ああ眠れないんですね、じゃこの睡眠薬出しておきますね」といった対応をするのは一番ダメな例です。
もう少し気の利いた医者は「なぜ眠れないのでしょうか」「どんな生活をしているのですか」と問いかけます。すると患者は「朝起きてご飯食べて、昼テレビ見てご飯食べて、テレビ見て夜ご飯食べて…」と答える。医者は「そりゃ眠れませんよ、運動してください」と答えます。でもそう言って運動ができる人は、クリニックには来ない人です。クリニックに来る人というのはある程度セレクションされている人です。そういう視点が欠けてしまいがちです。
では「社会的処方」がある世界で考えたとき、これがどういった対応になるかと言うと、「もっと話を聞いていく」ということです。この元花屋さんは、なぜ今日クリニックに来たのか。聞いていくと、これまでは奥さんに連れられてコミュニティを回っていたのが、実は半年前に奥さんを亡くしてから、引きこもりになってしまっていた。だから、夜眠れなくなって、クリニックに来たのだということが分かるのです。
ここまで聞くと、睡眠薬や「運動してください」で帰すわけにはいかないなと気づきます。さらに、もうちょっと話を聞くと、元々は妻と一緒に花屋をやっていて、今も花が大好きだと言います。ここで、医者が「知り合いにまちの花壇とかを整備しているNPOの方々がいるけど、人手不足で困っているから、ちょっと手伝ってあげてくれませんか」と言う。最初は「何でワシがそこに行かなければならんのか」となるかもしれないけれど、やぶさかでもなくて、実際に行ってくれる。するとそこで、「花はこう扱うんじゃ」「わぁ素晴らしいですね」「まあ、明日も来てもいいぞ」と。結局、毎日のようにその活動をするようになって、体も頭も使うから夜も寝れるようになって、友達もできる、笑顔にもなっていく、つながりが増えていく。そして、クリニックには来なくなります。
もしこの元花屋さんが、睡眠薬を飲んでぐっすり眠れるようになっていたら、睡眠薬の影響でふらふらしたり、倒れて骨を折ったり、そういった結末を迎えていたかもしれません。それと、友達ができて、笑顔になるのと、どちらが良いか。
せっかくクリニックに来てくれた人を、引きこもりに戻してしまうと、その人は「社会的行方不明者」に戻ってしまいます。社会の中にいるんだけれども僕らから見えない存在になってしまう。そういう人たちを見つけて、拾い上げるチャンスがあるのであれば、そこは必ず押さえていく必要があるんじゃないかと思っています。
要となるのは「コミュニティ〇〇ワーカー」?
西:社会的処方の要として「リンクワーカー」という職種が、イギリスで養成されています。
先程の元花屋さんの例では、医療者が直接ガーデニングのサークルのような活動を紹介しましたが、医者が地域資源を知るということはなかなか難しいことです。「リンクワーカー」は、そこの間を取り持つ専門職として養成されています。
元花屋さんの例で言うと、孤立していることが問題なんだということが分かった時に、「こういう人が来てるんだけどお願いできませんか」と電話をして、リンクワーカーが来てくれる。面談をしたうえで、マッチしそうなコミュニティグループを紹介してくれる。そんな仕事です。
では日本においても、このリンクワーカーという専門職を新たに養成していくべきなのか。僕は慎重にすべきだと思っています。既に様々な人が活動しているなかで「専門職」としてこういった役割の人をつくると、その人に任せておけばいい、となってしまう。するとコミュニティが育っていかないのではという危惧を抱いています。
日本では、地域によって多様な課題があります。その地域課題を真ん中にすえて取り組んでいく必要があります。もちろん「コミュニティソーシャルワーカー」など専門職として地域課題に取り組むという方がいても良いのですが、一方で様々な人が自分でできることを持ち寄って、リンクワーカー的に動くということが、地域にとって大事なのではないかなと思います。
例えば、バスケットボールの選手が、地元で手を挙げてくれたら「コミュニティバスケットボールワーカー」です。食堂のおばちゃんが「地域をなんとかしたい」と手を貸してくれれば「コミュニティ食堂ワーカー」です。アーティストが手を挙げてくれたら「コミュニティアーティストワーカー」です。
実際に、イギリスのフルームという地域では、リンクワーカーの要素を「ヘルスコネクター」と「コミュニティコネクター」の2種類に分けています。「ヘルスコネクター」はより医療者に近い立場で、医療者から連絡を受けてコーディネートをしていきます。「コミュニティコネクター」は、地域住民のボランティアが中心です。そのまちで顔が広い高齢者などが、フルームでは何千人という単位でコミュニティコネクターとなっていて「〇丁目の〇さんが最近来てないのよ」といった話がヘルスコネクターにつながる。
お互い協力しながらこういった連携をするという文化ができている。日本もこういうかたちを目指していくのがいいのではと思います。
日本でやる場合、「コミュニティコネクター」はボランティアの方々に担っていただくとして、「ヘルスコネクター」が誰になるのかというと、ケアマネジャーや地域包括支援センターの職員、生活支援コーディネーターなど、既に地域にいるいろいろな専門職などの人たちが、役割分担しながらやっていくのが合っているのかなと思ってます。
今僕は、社会的処方の勉強をオンラインでできるようにしたいと思い、「社会的処方研究所」というオンライングループをつくっています。「社会的処方」という本もご覧になってみてください。
広石:「コミュニティ○○ワーカー」というのは、すごくいいですね。「リンクワーカー」は特別な人ではなくて、実は地域の中にたくさんいる、小さなつながりをつくっている人だといいですよね。
各地域に様々な専門職が配置されていますが、生まれ育ったのでも、住んでいるのでもない地域に関わる専門職も多くいます。すると、地域につながりをつくろうとしても、どこから声をかければよいのかわからない。でも、町会長さんや商店の方、コミュニティサークルの方などと話すと、実は地域の中で「リンクワーカー」の役割をこの人が担っているということがわかってくる。
プロボノは、“心地よいつながり”を地域でつくれる
広石:もうひとつ、東京ホームタウンプロジェクトでは、地域団体のみなさんに「プロボノ」という形でビジネスパーソンの人たちがボランティアでお手伝いするということをしています。例えば、ビジネススキルを活かして、経営手法を改善したり。でも実は、そういった技術的なものの提供以上に良いのが、ビジネスパーソンが、地域団体の方と出会って、「どうしてこの活動してるんですか」といった問いかけをしていくという部分なんですよね。
問いかけると、みなさん様々な理由を語り始めるんですよね。例えば「ラジオ体操をやるときに、普段なかなか来ない男性にも声をかけているんだよね」とか。他者に自分がやっていることを話すことで、自分がまさにリンクワーカーなんだ、という自覚が生まれてきますよね。それが東京ホームタウンプロジェクトの取り組みの中で、ひとつ重要なことだったのだなと、改めて思いました。
近藤さんの基調講演の中で、「無尽」が実はすごく効果的で、楽しくたくさん参加している方の健康寿命が長いという話が興味深かったのですが、おそらく日本の社会は、ある意味で今、サービス的になってしまっているのかなと。地域のつながりを促すような仕組みとして、近藤さんが大事だと思われてることはありますか。
近藤:無尽の研究で学んだのは、やはり“心地よいつながり”をつくることです。役割を担ったからにはその責任を達成しなければ、と頑張り過ぎて潰れてしまったり、やめてしまったりすることがありますよね。“心地よいつながり”をキープしながら役割を持ってもらえるという意味でも、プロボノはひとつの非常に大切なモデルだと思います。
日本をつくってきた「サラリーマン戦士」の方々にも、第2の役割として、プロボノとしてこのまちを元気にするために力を発揮してもらうのです。「濡れ落ち葉現象」と言われたりしますが、リタイヤ後に奥様の背中にくっついて、やることもない。そんな風になると、健康にも悪い。第二の活躍の場をつくることで、その人も、まちも健康になる。一石二鳥だと思えてきますね。
広石:地域で役職に就いている人が、寿命が長くなるというデータもあったかと思います。地域の役員などはしたくないと言う人もいますが、実は役職などにも就いた方が、“得”なのでしょうか?
近藤:このデータは、役職を続けられている方のデータです。辞めてしまうと、その効果は消えてしまいます。やはり程よい役割、程よい社会参加の仕方を仕掛けていくことが大事なんだと思います。
広石:続けられる役割、ということが一番大事なんですね。
近藤:神戸市では、健康格差を是正しようということで、自治体と地域包括支援センターなどがサロンづくりを進めている住民のみなさんの支援をしているのですが、そこで出てきたボランティアを増やす工夫が「だけクラブ」と呼ばれるものです。「ちょっとだけやる」事をお願いするというもの。例えばサロンの日に公民館の鍵を開けるだけ、など重すぎない役割を持ってもらうというものです。社会とのつながりを多くの人に持ってもらえるいいアプローチだなと思いました。
広石:どうしても代表の方が全部引き受けてしまっているパターンってあると思うんですが、実は役割を周りにちょっとずつお願いすることが、他の方の健康づくりに貢献していることになるんですよね。そういう視点も地域の方にもってもらえるといいですね。
先程の西さんからあったお花屋さんの話に戻りますが、20年ほど前に柏市で聞いた話を思い出しました。認知症の方が夜徘徊したりしてしまう問題がありますが、やはり一日中家の中でベッドの中に閉じ込められていると夜眠れなくて不安になったり、外に行きたくもなる。一方で、昼間に、積極的に散歩したり地域でなにか参加機会があったりすれば、気持ちも晴れるし、夜も寝つけてよいのではということです。つい僕達は薬を出せばいい、デイサービスに行けばいい、などと思いますが、実はコミュニティに入っていく機会をつくるというアプローチもすごく大切なんだなと改めて感じました。実際、日本では、こういったアプローチ方法についての理解度は、現状どうなんでしょうか?
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